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プレリュード
⑩ 『蹂躙』
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突如床から生えてきた太い蔦に腰を挟まれ、両腕も拘束されてしまい、マリアは身動きが取れない。
唯一動く顔を動かして周りを確認すると、セレクトとメイも二人纏めて蔦に挟まれてしまっている。それは、残っていた侍女二人も同様だ。
「耳が、私の耳が、ない、なくなった、切り落とされた……。あああああっ!」
ただ立っていればそれなりに風貌の整った男なのだろうが、セレクトの攻撃で右耳を失った左右の瞳の色が違うセレクトと同年代くらいの男は、ちぎれ飛んだ部分を手で抑えて発狂する。
「もう、うるさいなぁ~、サディファスは……」
黒髪の幼子は心底嫌そうに顔をしかめる。だが、マリアの方を向くと、にっこり微笑んだ。
「うんうん。君がマリアだよね。噂通りにすごく綺麗な女の子だ」
動けないマリアの元に幼子が近づいてくる。そして……。
「へぇ~、柔らかいね」
「くっ……」
マリアは怒りと羞恥に顔を赤くさせて、幼子を睨む。この子どもは、身動きの取れないマリアの右の胸を不意に鷲掴みにしたのだ。
「わっ! そんな怖い顔しないでよ! 随分と大きなおっぱいだから、触ったらどんな感じなのか気になっただけだってば」
悪戯を親に咎められたような反応をし、胸から手を離す。
そこには、下卑た感情や嫌らしさはまるでない。本当に好奇心が優先な子供の反応だった。
「貴方達は何が目的なのですか! どんな理由があってこの屋敷を襲ったのです!」
マリアは拘束されながらも、毅然とした口調で問いただす。
「う~ん、ちょっとしたお使いだよ。面倒なんだけれど、僕達がお世話になっている人に頼まれてね。『マリアという少女を仲間に引き入れてこい。それ以外の人間はみんな殺して構わない』って内容だよ」
なんでもないことのように幼子は言う。
マリアは、この幼子を改めて恐ろしいと思った。
分別のつかない幼子が、強大な力を持っている。これほど危険なことはない。
「貴方は、何をするつもりなのですか? 目的が私だというのならば、私だけを狙えばいいでしょう! 他の者達は開放しなさい! そうすれば、私は貴方達についていきます!」
「マリア様、いけません!」
セレクトの声が聞こえたが、マリアはそれを無視する。せめて、セレクトとメイ、そして残った侍女たちだけでも救いたい。それが、自分にできる最後の抵抗だった。
「もう、貴方、貴方って言わないでよ。僕には、ユアリって名前があるんだからさぁ」
幼子――ユアリは、そう言って頬を膨らます。
「それならば、ユアリ! 私を連れていきなさい。その代わり、他のみんなは、開放しなさい!」
マリアは改めてユアリに要求を突きつける。
「う~ん、そっちのセレクトって人も思いのほか頑張ったから、助けてあげたい気もするんだけれど……やっぱり駄目なんだ。ごめんね。
でも、大丈夫だよ。寂しくないように、この街の人間もみんな殺してあげるからさ」
ユアリは満面の笑顔で、とんでもないことを口にする。
「街の人を……。まさか、貴方達はこの屋敷だけでなく……」
マリアの顔から血の気が引く。
「うん! いまごろ、フォレスが街のみんなを一人残らず焼き殺しているはずだよ。あっ、フォレスっていうのは、僕の仲間だよ」
「……止めて……、止めなさい! 私はどうなってもいい! ですから、せめて、無関係な街の人達とここに居るみんなだけは……」
絶望に震える声を何とか制御し、マリアは他の者の助命を訴える。
「う~ん、まぁ、とりあえず必要なことをしてしまおう。もしかしたら、君が強くなって、僕たちを止められるかもしれないよ」
ユアリはそう言うと、外套のポケットから、飴玉状の黒い塊を取り出した。
「頑張って耐えてね。君は綺麗だから、できれば、化け物になってほしくないから」
「なっ、なにを、おぁぁっ」
別の蔦が伸びてきて、マリアの口を開いた状態で固定する。
そして、ユアリはそこに黒い塊を放り込んだ。それと同時に、、口を固定していた蔦は消えてなくなる。
異物が口から食道を通り体の奥に入っていく。そして、それがじんわりと体に浸透していくのが、マリアには分かった。
「うっ、ああああああああああっ!」
全身を襲う強烈な痛みと激しい熱に、マリアは絶叫するしかなかった。
「ほらほら、頑張って! <霧>に負けちゃったら、化け物になっちゃうよ」
ユアリは自分がマリアを苦しめるきっかけを作ったにも関わらず、マリアを心配げに応援する。
だが、マリアにはそんな事を気にしている余裕はない。
体がバラバラになりそうだ。熱で蒸発してしまいそうだ。でも、ここで意識を失ったら死ぬよりも恐ろしいことになってしまう予感めいたものを何故か感じた。
「マリア様! いや、いやぁぁぁぁっ!」
「くそっ、この蔦さえ破壊できれば……」
メイの叫びと、セレクトの苦悶の声が響く中、マリアは懸命に苦しみに耐えた。
それはほんの数分の出来事だったが、マリアには途方も無い長い時間だった。だが、ある瞬間を境に、急激に痛みと熱が一箇所に、彼女の左目に集中する。
眼球が蒸発するのだとしたら、このような痛みなのだろう。マリアはたしかに自分の左目が消失した感覚を味わった。
けれど、そこで急激に痛みも熱もなくなり、マリアは水面から打ち上げられた魚のように、パクパクと口を開いて、なんとか荒く乱れきった息を整える。
「あははははっ。左目だ! そうか、そういうことなんだね。君は僕と同じなんだ……」
苦しむマリアを見ながら、しかしユアリは嬉しそうに微笑んだ。
「はぁ、はぁ……」
マリアは何とか呼吸を整え、『両目』でユアリを睨みつける。
消失したかに思えた左目は、変わらずマリアの意思で動き、視覚情報を彼女に伝えている。
「わっ…私に、何を…し……したの……」
マリアは今にも途切れてしまいそうな意識を懸命に繋ぎ止める。
「ふふっ、いいことだよ。そして、おめでとう。君は僕たちの仲間になる資格を手に入れたんだよ。頑張ったね」
ユアリはマリアに労いの言葉を掛けて、彼女の額にキスをする。
「よ~し、これで残すは、他のみんなを皆殺しにするだけだよ。サディファス。女の子は君が殺したいでしょう? いいよ、もう殺しても」
「そっ、そうか……。殺してもいいのだな、ユアリ!」
耳の痛みに半狂乱になっていたサディファスという男は、歓喜の声をあげると、蔦に絡まれて身動きが取れない近くに居た侍女二人に向かって、手のひらを向ける。
その瞬間、侍女たちの耳が、見えないなにかに斬り落とされた。
侍女たちは何が起こったのか分からなかったようだが、斬り落ちたのが自分の耳であり、自分の顔から吹き出す血を理解して、絶叫する。
「ひっ、ひひひひひひっ。殺してやる。私以上の苦痛をあげて死んでいけ……。その後は、お前だ。男を殺す趣味はないが、お前にはこの女達以上の絶望を与えて殺してやるぞ、セレクト!」
恍惚の表情を浮かべるサディファス。だが、マリアは今は声を出す元気もない。
「この卑怯者! そのユアリという子供の影に隠れなければ何もできないクズが粋がるな!」
そんなマリアの代わりに、セレクトが叫んだ。
「なんだと、私をクズと呼んだのか、貴様は!」
サディファスは激昂するのと同時に、侍女たちに向けていた手のひらを閉じた。
瞬間、また見えない何かによって侍女たちの頭部はバラバラに切り裂かれて絶命する。
「……ひっ……」
メイの短い悲鳴を聞き、セレクトは一層激しくサディファスを睨む。
「貴様にはクズでももったいないくらいだ。どうした、身動きが取れない私が怖くて近寄ることもできないのか? ああ、そうだな。戦闘能力を持たない侍女を殺すのさえ、私が動くのではと恐怖して近寄ろうとしなかったのだからな」
セレクトはとことん人を小馬鹿にした口調でサディファスを挑発する。
「貴様!」
サディファスは怒りの形相で、セレクトを突き刺さんと短剣を片手に詰め寄る。
瞬間、セレクトは、ふっ、と口から何かを吐き出した。
それは、彼が最後の手段として奥歯に仕込んでいた<お守り>だ。
「なっ!」
サディファスが気づいたときにはもう遅い。
小規模だが<爆発>の魔法が起こり、サディファスはそれに巻き込まれたのだった。
唯一動く顔を動かして周りを確認すると、セレクトとメイも二人纏めて蔦に挟まれてしまっている。それは、残っていた侍女二人も同様だ。
「耳が、私の耳が、ない、なくなった、切り落とされた……。あああああっ!」
ただ立っていればそれなりに風貌の整った男なのだろうが、セレクトの攻撃で右耳を失った左右の瞳の色が違うセレクトと同年代くらいの男は、ちぎれ飛んだ部分を手で抑えて発狂する。
「もう、うるさいなぁ~、サディファスは……」
黒髪の幼子は心底嫌そうに顔をしかめる。だが、マリアの方を向くと、にっこり微笑んだ。
「うんうん。君がマリアだよね。噂通りにすごく綺麗な女の子だ」
動けないマリアの元に幼子が近づいてくる。そして……。
「へぇ~、柔らかいね」
「くっ……」
マリアは怒りと羞恥に顔を赤くさせて、幼子を睨む。この子どもは、身動きの取れないマリアの右の胸を不意に鷲掴みにしたのだ。
「わっ! そんな怖い顔しないでよ! 随分と大きなおっぱいだから、触ったらどんな感じなのか気になっただけだってば」
悪戯を親に咎められたような反応をし、胸から手を離す。
そこには、下卑た感情や嫌らしさはまるでない。本当に好奇心が優先な子供の反応だった。
「貴方達は何が目的なのですか! どんな理由があってこの屋敷を襲ったのです!」
マリアは拘束されながらも、毅然とした口調で問いただす。
「う~ん、ちょっとしたお使いだよ。面倒なんだけれど、僕達がお世話になっている人に頼まれてね。『マリアという少女を仲間に引き入れてこい。それ以外の人間はみんな殺して構わない』って内容だよ」
なんでもないことのように幼子は言う。
マリアは、この幼子を改めて恐ろしいと思った。
分別のつかない幼子が、強大な力を持っている。これほど危険なことはない。
「貴方は、何をするつもりなのですか? 目的が私だというのならば、私だけを狙えばいいでしょう! 他の者達は開放しなさい! そうすれば、私は貴方達についていきます!」
「マリア様、いけません!」
セレクトの声が聞こえたが、マリアはそれを無視する。せめて、セレクトとメイ、そして残った侍女たちだけでも救いたい。それが、自分にできる最後の抵抗だった。
「もう、貴方、貴方って言わないでよ。僕には、ユアリって名前があるんだからさぁ」
幼子――ユアリは、そう言って頬を膨らます。
「それならば、ユアリ! 私を連れていきなさい。その代わり、他のみんなは、開放しなさい!」
マリアは改めてユアリに要求を突きつける。
「う~ん、そっちのセレクトって人も思いのほか頑張ったから、助けてあげたい気もするんだけれど……やっぱり駄目なんだ。ごめんね。
でも、大丈夫だよ。寂しくないように、この街の人間もみんな殺してあげるからさ」
ユアリは満面の笑顔で、とんでもないことを口にする。
「街の人を……。まさか、貴方達はこの屋敷だけでなく……」
マリアの顔から血の気が引く。
「うん! いまごろ、フォレスが街のみんなを一人残らず焼き殺しているはずだよ。あっ、フォレスっていうのは、僕の仲間だよ」
「……止めて……、止めなさい! 私はどうなってもいい! ですから、せめて、無関係な街の人達とここに居るみんなだけは……」
絶望に震える声を何とか制御し、マリアは他の者の助命を訴える。
「う~ん、まぁ、とりあえず必要なことをしてしまおう。もしかしたら、君が強くなって、僕たちを止められるかもしれないよ」
ユアリはそう言うと、外套のポケットから、飴玉状の黒い塊を取り出した。
「頑張って耐えてね。君は綺麗だから、できれば、化け物になってほしくないから」
「なっ、なにを、おぁぁっ」
別の蔦が伸びてきて、マリアの口を開いた状態で固定する。
そして、ユアリはそこに黒い塊を放り込んだ。それと同時に、、口を固定していた蔦は消えてなくなる。
異物が口から食道を通り体の奥に入っていく。そして、それがじんわりと体に浸透していくのが、マリアには分かった。
「うっ、ああああああああああっ!」
全身を襲う強烈な痛みと激しい熱に、マリアは絶叫するしかなかった。
「ほらほら、頑張って! <霧>に負けちゃったら、化け物になっちゃうよ」
ユアリは自分がマリアを苦しめるきっかけを作ったにも関わらず、マリアを心配げに応援する。
だが、マリアにはそんな事を気にしている余裕はない。
体がバラバラになりそうだ。熱で蒸発してしまいそうだ。でも、ここで意識を失ったら死ぬよりも恐ろしいことになってしまう予感めいたものを何故か感じた。
「マリア様! いや、いやぁぁぁぁっ!」
「くそっ、この蔦さえ破壊できれば……」
メイの叫びと、セレクトの苦悶の声が響く中、マリアは懸命に苦しみに耐えた。
それはほんの数分の出来事だったが、マリアには途方も無い長い時間だった。だが、ある瞬間を境に、急激に痛みと熱が一箇所に、彼女の左目に集中する。
眼球が蒸発するのだとしたら、このような痛みなのだろう。マリアはたしかに自分の左目が消失した感覚を味わった。
けれど、そこで急激に痛みも熱もなくなり、マリアは水面から打ち上げられた魚のように、パクパクと口を開いて、なんとか荒く乱れきった息を整える。
「あははははっ。左目だ! そうか、そういうことなんだね。君は僕と同じなんだ……」
苦しむマリアを見ながら、しかしユアリは嬉しそうに微笑んだ。
「はぁ、はぁ……」
マリアは何とか呼吸を整え、『両目』でユアリを睨みつける。
消失したかに思えた左目は、変わらずマリアの意思で動き、視覚情報を彼女に伝えている。
「わっ…私に、何を…し……したの……」
マリアは今にも途切れてしまいそうな意識を懸命に繋ぎ止める。
「ふふっ、いいことだよ。そして、おめでとう。君は僕たちの仲間になる資格を手に入れたんだよ。頑張ったね」
ユアリはマリアに労いの言葉を掛けて、彼女の額にキスをする。
「よ~し、これで残すは、他のみんなを皆殺しにするだけだよ。サディファス。女の子は君が殺したいでしょう? いいよ、もう殺しても」
「そっ、そうか……。殺してもいいのだな、ユアリ!」
耳の痛みに半狂乱になっていたサディファスという男は、歓喜の声をあげると、蔦に絡まれて身動きが取れない近くに居た侍女二人に向かって、手のひらを向ける。
その瞬間、侍女たちの耳が、見えないなにかに斬り落とされた。
侍女たちは何が起こったのか分からなかったようだが、斬り落ちたのが自分の耳であり、自分の顔から吹き出す血を理解して、絶叫する。
「ひっ、ひひひひひひっ。殺してやる。私以上の苦痛をあげて死んでいけ……。その後は、お前だ。男を殺す趣味はないが、お前にはこの女達以上の絶望を与えて殺してやるぞ、セレクト!」
恍惚の表情を浮かべるサディファス。だが、マリアは今は声を出す元気もない。
「この卑怯者! そのユアリという子供の影に隠れなければ何もできないクズが粋がるな!」
そんなマリアの代わりに、セレクトが叫んだ。
「なんだと、私をクズと呼んだのか、貴様は!」
サディファスは激昂するのと同時に、侍女たちに向けていた手のひらを閉じた。
瞬間、また見えない何かによって侍女たちの頭部はバラバラに切り裂かれて絶命する。
「……ひっ……」
メイの短い悲鳴を聞き、セレクトは一層激しくサディファスを睨む。
「貴様にはクズでももったいないくらいだ。どうした、身動きが取れない私が怖くて近寄ることもできないのか? ああ、そうだな。戦闘能力を持たない侍女を殺すのさえ、私が動くのではと恐怖して近寄ろうとしなかったのだからな」
セレクトはとことん人を小馬鹿にした口調でサディファスを挑発する。
「貴様!」
サディファスは怒りの形相で、セレクトを突き刺さんと短剣を片手に詰め寄る。
瞬間、セレクトは、ふっ、と口から何かを吐き出した。
それは、彼が最後の手段として奥歯に仕込んでいた<お守り>だ。
「なっ!」
サディファスが気づいたときにはもう遅い。
小規模だが<爆発>の魔法が起こり、サディファスはそれに巻き込まれたのだった。
応援ありがとうございます!
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