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第五章 邂逅は、波乱とともに
㉒ 『良くないもの』
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夕日が沈んでいくのを、メルエーナは一人宿の部屋で開かれた窓から眺めていた。
みんなには悪いと思ったのだが、キレース家から宿に戻るとすぐに、メルエーナは少し部屋で休みたいと言って、それからずっと外を、湖を眺めていた。
明日は思わぬことで休みになったことから、バルネアさんの提案で、みんなで湖に泳ぎに行く事が決定された。
今回の仕事の形式上の依頼人はバルネアだ。
その依頼主の提案とあれば、ジェノ達も参加せざるをえない。
幸い明日も天気はいいようなので、ジェノに泳ぎを教わるというメルエーナの望みが叶うことになる。この日のためにジェノと買いに行った水着も、今か今かと荷物入れの中で出番を待っているかのようだ。
けれど、メルエーナの心には暗雲が垂れ込めていた。
「……レイルン君……」
夕食時ということで、メルエーナは守護妖精を実体化させようとしたが、「今は何も食べたくないから」と断られてしまった。
メルエーナには、レイルンの気持ちは痛いほど伝わる。
もしもこれが自分とジェノの事だったらと思うと、胸が張り裂けそうになる。
何のためにレイルンが、レミリア――いや、レミィの元から姿を消して、鏡と言うものを取りに妖精の世界に戻ったのかは分からない。けれど、彼はずっとレミィを大切に思い続け、それを手に入れるために奮闘しただろうことは、想像に難くない。
それなのに……。
「僕は食べなくても大丈夫だけれど、お姉さんはお腹が空ちゃうよ」
姿の見えないレイルンがメルエーナに語りかけてくるが、彼女は首を横に振った。
「大丈夫よ。それより、今はレイルン君と一緒にいたいの」
妖精と人間が添い遂げる事が可能なのかどうかは、メルエーナには分からない。けれど、やはりこの結末はあまりにも悲しすぎる。
「……ありがとう」
レイルンがそう言って実体化して膝の上に現れたので、メルエーナは優しく彼を背中から抱きしめた。けれど、悲しい思いが溢れてきてしまい、メルエーナの視界が歪む。
「ははっ。どうして、お姉さんが泣くの?」
瞳からこぼれ落ちた涙がレイルンの頬を濡らし、彼はこちらを見上げて、苦笑してこちらを見つめてくる。
「……ごめんなさい……。でも……」
「……お姉さんは、優しいね」
そう言ってレイルンは微笑む。けれど、彼の瞳からも大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていく。
メルエーナはそこで堪えきれなくなり、レイルンをきつく抱きしめる。
それから、二人は泣いた。
メルエーナは声を押し殺しながら。レイルンは声を上げて。
それからしばらく泣き続けたが、自分とレイルンが落ち着いたのを確認し、メルエーナはずっと考えていたことを尋ねる。
「ねぇ、レイルン君。本当にその鏡を洞窟に持っていくの? もうレミィちゃんは……」
「……うん。それでも、僕は約束を果たしたいんだ。もう、忘れてしまったみたいだけれど、僕はあの時のレミィのお願いを叶えて上げたい。僕はそのためにこの鏡を持ってきたんだから……」
レイルンは小さなカバンに入ったそれを取り出す。真ん丸な形の鏡を。
「いったいその鏡で何をするつもりなの?」
「……ごめんなさい。これも、レミィと二人だけの秘密にする約束だから……」
「あっ、大丈夫。無理に話さなくてもいいわ」
メルエーナは優しく微笑む。
「ありがとう。もう少しだけ僕に力を貸してね。その代わり、お姉さんにもお礼をするから」
「私のことは気にしなくてもいいわ。さぁ、少し遅くなってしまったけれど、夕食を食べに行きましょう」
「うん」
レイルンが満面の笑みを浮かべたことに、メルエーナは安心して彼を抱きかかえて立ち上がる。
だが、そこでふとメルエーナは、どうして自分のように、レミィに<目印>の魔法と<門>の魔法を掛けなかったのだろうと疑問に思い、彼に尋ねる。
「……掛けたけれど、解けてしまったんだ。少し前に、良くないものがこの世界に近づいた影響でだと思うんだけれど、それから僕の魔法が長くは持たなくなってしまったんだ」
「良くないもの? あっ、それって……」
メルエーナは、レイルンがジェノに対して良くないものに取り憑かれていると言っていた昨日の会話を思い出す。
「うん。この世界と僕のいた世界を何度か行き来している時に見たんだ。この世界になにか良くないものが一緒になろうとしているって。今はまだ大丈夫みたいだけれど、少しずつこの世界にも影響が出ていると思うよ」
レイルンが言っていることはよく分からないが、メルエーナはそこで以前ジェノが話してくれた、<霧>という未知なる存在を思い出す。
だが、良くないものがジェノに取り憑いているという話と照らし合わせると、これではジェノも<霧>というものに……。
体が震えた。
以前に聞いた話では、<霧>というものの影響で人間が怪物になるらしい。それならば、ジェノもいずれそうなってしまうのだろうかと不安になる。
(でも、レイルン君が言っているものと<霧>が同じものとは限らないから、断言することはできない)
願うようにメルエーナはそう結論付け、とりあえず夕食を食べに向かうことにするのだった。
みんなには悪いと思ったのだが、キレース家から宿に戻るとすぐに、メルエーナは少し部屋で休みたいと言って、それからずっと外を、湖を眺めていた。
明日は思わぬことで休みになったことから、バルネアさんの提案で、みんなで湖に泳ぎに行く事が決定された。
今回の仕事の形式上の依頼人はバルネアだ。
その依頼主の提案とあれば、ジェノ達も参加せざるをえない。
幸い明日も天気はいいようなので、ジェノに泳ぎを教わるというメルエーナの望みが叶うことになる。この日のためにジェノと買いに行った水着も、今か今かと荷物入れの中で出番を待っているかのようだ。
けれど、メルエーナの心には暗雲が垂れ込めていた。
「……レイルン君……」
夕食時ということで、メルエーナは守護妖精を実体化させようとしたが、「今は何も食べたくないから」と断られてしまった。
メルエーナには、レイルンの気持ちは痛いほど伝わる。
もしもこれが自分とジェノの事だったらと思うと、胸が張り裂けそうになる。
何のためにレイルンが、レミリア――いや、レミィの元から姿を消して、鏡と言うものを取りに妖精の世界に戻ったのかは分からない。けれど、彼はずっとレミィを大切に思い続け、それを手に入れるために奮闘しただろうことは、想像に難くない。
それなのに……。
「僕は食べなくても大丈夫だけれど、お姉さんはお腹が空ちゃうよ」
姿の見えないレイルンがメルエーナに語りかけてくるが、彼女は首を横に振った。
「大丈夫よ。それより、今はレイルン君と一緒にいたいの」
妖精と人間が添い遂げる事が可能なのかどうかは、メルエーナには分からない。けれど、やはりこの結末はあまりにも悲しすぎる。
「……ありがとう」
レイルンがそう言って実体化して膝の上に現れたので、メルエーナは優しく彼を背中から抱きしめた。けれど、悲しい思いが溢れてきてしまい、メルエーナの視界が歪む。
「ははっ。どうして、お姉さんが泣くの?」
瞳からこぼれ落ちた涙がレイルンの頬を濡らし、彼はこちらを見上げて、苦笑してこちらを見つめてくる。
「……ごめんなさい……。でも……」
「……お姉さんは、優しいね」
そう言ってレイルンは微笑む。けれど、彼の瞳からも大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていく。
メルエーナはそこで堪えきれなくなり、レイルンをきつく抱きしめる。
それから、二人は泣いた。
メルエーナは声を押し殺しながら。レイルンは声を上げて。
それからしばらく泣き続けたが、自分とレイルンが落ち着いたのを確認し、メルエーナはずっと考えていたことを尋ねる。
「ねぇ、レイルン君。本当にその鏡を洞窟に持っていくの? もうレミィちゃんは……」
「……うん。それでも、僕は約束を果たしたいんだ。もう、忘れてしまったみたいだけれど、僕はあの時のレミィのお願いを叶えて上げたい。僕はそのためにこの鏡を持ってきたんだから……」
レイルンは小さなカバンに入ったそれを取り出す。真ん丸な形の鏡を。
「いったいその鏡で何をするつもりなの?」
「……ごめんなさい。これも、レミィと二人だけの秘密にする約束だから……」
「あっ、大丈夫。無理に話さなくてもいいわ」
メルエーナは優しく微笑む。
「ありがとう。もう少しだけ僕に力を貸してね。その代わり、お姉さんにもお礼をするから」
「私のことは気にしなくてもいいわ。さぁ、少し遅くなってしまったけれど、夕食を食べに行きましょう」
「うん」
レイルンが満面の笑みを浮かべたことに、メルエーナは安心して彼を抱きかかえて立ち上がる。
だが、そこでふとメルエーナは、どうして自分のように、レミィに<目印>の魔法と<門>の魔法を掛けなかったのだろうと疑問に思い、彼に尋ねる。
「……掛けたけれど、解けてしまったんだ。少し前に、良くないものがこの世界に近づいた影響でだと思うんだけれど、それから僕の魔法が長くは持たなくなってしまったんだ」
「良くないもの? あっ、それって……」
メルエーナは、レイルンがジェノに対して良くないものに取り憑かれていると言っていた昨日の会話を思い出す。
「うん。この世界と僕のいた世界を何度か行き来している時に見たんだ。この世界になにか良くないものが一緒になろうとしているって。今はまだ大丈夫みたいだけれど、少しずつこの世界にも影響が出ていると思うよ」
レイルンが言っていることはよく分からないが、メルエーナはそこで以前ジェノが話してくれた、<霧>という未知なる存在を思い出す。
だが、良くないものがジェノに取り憑いているという話と照らし合わせると、これではジェノも<霧>というものに……。
体が震えた。
以前に聞いた話では、<霧>というものの影響で人間が怪物になるらしい。それならば、ジェノもいずれそうなってしまうのだろうかと不安になる。
(でも、レイルン君が言っているものと<霧>が同じものとは限らないから、断言することはできない)
願うようにメルエーナはそう結論付け、とりあえず夕食を食べに向かうことにするのだった。
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