彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
205 / 249
第五章 邂逅は、波乱とともに

㉒ 『良くないもの』

しおりを挟む
 夕日が沈んでいくのを、メルエーナは一人宿の部屋で開かれた窓から眺めていた。

 みんなには悪いと思ったのだが、キレース家から宿に戻るとすぐに、メルエーナは少し部屋で休みたいと言って、それからずっと外を、湖を眺めていた。

 明日は思わぬことで休みになったことから、バルネアさんの提案で、みんなで湖に泳ぎに行く事が決定された。

 今回の仕事の形式上の依頼人はバルネアだ。
 その依頼主の提案とあれば、ジェノ達も参加せざるをえない。

 幸い明日も天気はいいようなので、ジェノに泳ぎを教わるというメルエーナの望みが叶うことになる。この日のためにジェノと買いに行った水着も、今か今かと荷物入れの中で出番を待っているかのようだ。

 けれど、メルエーナの心には暗雲が垂れ込めていた。

「……レイルン君……」
 夕食時ということで、メルエーナは守護妖精を実体化させようとしたが、「今は何も食べたくないから」と断られてしまった。

 メルエーナには、レイルンの気持ちは痛いほど伝わる。
 もしもこれが自分とジェノの事だったらと思うと、胸が張り裂けそうになる。

 何のためにレイルンが、レミリア――いや、レミィの元から姿を消して、鏡と言うものを取りに妖精の世界に戻ったのかは分からない。けれど、彼はずっとレミィを大切に思い続け、それを手に入れるために奮闘しただろうことは、想像に難くない。

 それなのに……。

「僕は食べなくても大丈夫だけれど、お姉さんはお腹が空ちゃうよ」
 姿の見えないレイルンがメルエーナに語りかけてくるが、彼女は首を横に振った。

「大丈夫よ。それより、今はレイルン君と一緒にいたいの」
 妖精と人間が添い遂げる事が可能なのかどうかは、メルエーナには分からない。けれど、やはりこの結末はあまりにも悲しすぎる。

「……ありがとう」
 レイルンがそう言って実体化して膝の上に現れたので、メルエーナは優しく彼を背中から抱きしめた。けれど、悲しい思いが溢れてきてしまい、メルエーナの視界が歪む。

「ははっ。どうして、お姉さんが泣くの?」
 瞳からこぼれ落ちた涙がレイルンの頬を濡らし、彼はこちらを見上げて、苦笑してこちらを見つめてくる。
 
「……ごめんなさい……。でも……」
「……お姉さんは、優しいね」
 そう言ってレイルンは微笑む。けれど、彼の瞳からも大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていく。

 メルエーナはそこで堪えきれなくなり、レイルンをきつく抱きしめる。

 それから、二人は泣いた。
 メルエーナは声を押し殺しながら。レイルンは声を上げて。

 それからしばらく泣き続けたが、自分とレイルンが落ち着いたのを確認し、メルエーナはずっと考えていたことを尋ねる。

「ねぇ、レイルン君。本当にその鏡を洞窟に持っていくの? もうレミィちゃんは……」
「……うん。それでも、僕は約束を果たしたいんだ。もう、忘れてしまったみたいだけれど、僕はあの時のレミィのお願いを叶えて上げたい。僕はそのためにこの鏡を持ってきたんだから……」
 レイルンは小さなカバンに入ったそれを取り出す。真ん丸な形の鏡を。

「いったいその鏡で何をするつもりなの?」
「……ごめんなさい。これも、レミィと二人だけの秘密にする約束だから……」
「あっ、大丈夫。無理に話さなくてもいいわ」
 メルエーナは優しく微笑む。

「ありがとう。もう少しだけ僕に力を貸してね。その代わり、お姉さんにもお礼をするから」
「私のことは気にしなくてもいいわ。さぁ、少し遅くなってしまったけれど、夕食を食べに行きましょう」
「うん」
 レイルンが満面の笑みを浮かべたことに、メルエーナは安心して彼を抱きかかえて立ち上がる。

 だが、そこでふとメルエーナは、どうして自分のように、レミィに<目印>の魔法と<門>の魔法を掛けなかったのだろうと疑問に思い、彼に尋ねる。

「……掛けたけれど、解けてしまったんだ。少し前に、良くないものがこの世界に近づいた影響でだと思うんだけれど、それから僕の魔法が長くは持たなくなってしまったんだ」
「良くないもの? あっ、それって……」
 メルエーナは、レイルンがジェノに対して良くないものに取り憑かれていると言っていた昨日の会話を思い出す。

「うん。この世界と僕のいた世界を何度か行き来している時に見たんだ。この世界になにか良くないものが一緒になろうとしているって。今はまだ大丈夫みたいだけれど、少しずつこの世界にも影響が出ていると思うよ」
 レイルンが言っていることはよく分からないが、メルエーナはそこで以前ジェノが話してくれた、<霧>という未知なる存在を思い出す。

 だが、良くないものがジェノに取り憑いているという話と照らし合わせると、これではジェノも<霧>というものに……。

 体が震えた。
 以前に聞いた話では、<霧>というものの影響で人間が怪物になるらしい。それならば、ジェノもいずれそうなってしまうのだろうかと不安になる。

(でも、レイルン君が言っているものと<霧>が同じものとは限らないから、断言することはできない) 
 願うようにメルエーナはそう結論付け、とりあえず夕食を食べに向かうことにするのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...