彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第六章 『そこに、救いなどなくて……』

⑤ 『誘い』

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 毎日の鍛錬を終えて、家路に就こうとしていたジェノに、シーウェンが話しかけてきた。
「ジェノ。今晩、一杯付き合えよ」
 昨日も『特別稽古』で屋台のラーメンを食べたのだが、稽古が始まる前に、件のパメラの護衛の話を相談したので、シーウェンがその話を煮詰めたいのだろうというのは簡単に察することができた。
「一度、<パニヨン>に帰ってからでもいいか? 今日は夕食が用意されているはずだからな」
「いや、今日は店で話すには少し込み入った話になりそうなんだ。だから、今日は宅飲みにしようぜ。俺の家じゃあ手狭だから、後でとっておきの酒を持って<パニヨン>のお前の部屋に行く」
「そうか。分かった、何か適当につまめるものでも用意しておく」
 誘いにさしたる関心がなさそうに淡々と応じているが、ジェノはシーウェンと酒を飲むのは嫌いではない。ジェノと同じ様に、シーウェンは酒もつまみも味わって飲み、他人に必要以上に絡まないタイプなので気を使わなくていいのだ。

(まぁ、酒場の店員兼用心棒をしているのも関係しているんだろうな)
 ジェノはそんなことを思いながら、つまみに何を作ろうかと考える。

「セレクト先生も連れていくつもりだから、つまみは少し多めにしておいてくれ」
「セレクトもか? いや、別に構わないが」
「ああ。機会が合わなくて、酒を飲み交わしていなかったからな。それに、今回の話にはあの人も同席してもらった方が何かと都合がいい」
「分かった」
 端的な返事をしながらも、かなり重要な話し合いになりそうだとジェノは理解した。そして、ここで一つの問題に気がつく。

「待ってくれ、シーウェン。セレクトが<パニヨン>に来るのはいいが、その間、マリアを一人で宿に残しておくつもりなのか?」
「ああ、それは失念していたな。だが、男の飲み会に、先生の主であるお嬢ちゃんを参加させると、いろいろと窮屈になってしまうからなぁ」
 シーウェンの言葉ももっともだが、マリアが一人になってしまう状況は避けたい。となるとどうすればいいかだが、ジェノにはその解決方法が一つしか浮かばない。

「仕方がない。バルネアさんとメルエーナに、マリアのことはお願いするしかないか……」
 ジェノがそう口にすると、シーウェンは何故か苦笑し、ジェノの肩に手を置いて嘆息する。

「ジェノ、お前なぁ。少しメル嬢ちゃんに甘えすぎじゃあないか?」
「……甘えすぎか……。確かにバルネアさんとメルエーナにはいつも……」
「違うだろう。バルネアさんはこの際置いておけ。お前がもっとも気にしなければいけないのは、メル嬢ちゃんのことだろうが!」
 そう言って、シーウェンは軽くジェノの頭を叩く。

「お前たちは交際しているんだろう? だったら自分の彼女のことをもう少し考えてやれ。好いた男から、他の女の面倒を見てほしいと頼まれて、あの嬢ちゃんが心中穏やかでいられると思うか?」
「……だが、メルエーナとマリアは友人……。いや、そうか。そういうものなのだろうな、きっと」
 ジェノは自分の思慮の無さを恥じる。
 少し前にシーウェンから、メルエーナと何があったかを無理やり聞き出されたときには、強引だと少々腹が立ったが、今はありがたいとさえ思う。

「まぁ、その件は俺からバルネアさんに頼むことにする。結果は同じでも、その形なら角が立ちにくい。しかし、後でメル嬢ちゃんにフォローを入れておけよ。今回の仕事でこの街を離れる前に、食事にでも誘っておけ。いいな?」
「ああ。忠告してくれて感謝する」
「いいってことだ。それじゃあ、まずは一緒に<パニヨン>に行こうぜ」
 シーウェンは笑みを浮かべると、ジェノの背中をバンと叩く。

「……本当に駄目だな、俺は」
 シーウェンと一緒にジェノは家路に就いたのだが、歩きながらも自分の未熟さを痛感し、音もなく嘆息した。
 交際相手ができるというのはいろいろと大変なのだと今更ながらに思う。だが、それが面倒かというとそんなことはない。

(さて、次はどの店に食事に行くとするかな……)
 ジェノはふと、前回二人で食事に行った際のメルエーナの嬉しそうな表情を思い出して、自然と口元が緩んできそうになる事に気がつき、それを引き締める。
 それを横目で見ていたシーウェンが、楽しそうに口元を綻ばせたことに気づかずに。





 シーウェンは、セレクトとマリアといっしょに<パニヨン>にやって来た。
 すると、挨拶もそこそこに、男性であるシーウェンとセレクトはジェノの部屋に案内され、マリアは店の方の客席に案内される。
 今日は男子会と女子会なので、それぞれの会場に別れる必要があるのだ。

「ほう。これはずいぶんと豪華だな。だが、こんなに手の込んだ物を用意しなくても良かったんだぞ」
「確かに、手が込んだ料理だね。私も店で簡単なものを買ってきたのですが、これは今度の機会にでも回してもらったほうが良さそうだ」
 シーウェンとセレクトは、ジェノの部屋のテーブルに置かれたたくさんの料理にそんな感想を口にする。

「俺が作った訳じゃあない。これを作ったのはメルエーナだ」
「んっ? メル嬢ちゃんが?」
 シーウェンが怪訝な顔をするのももっともなので、ジェノは簡単に経緯を説明することにした。

「バルネアさんからのお題で、俺達が喜びそうなつまみとなる料理をメルエーナが作り、メルエーナ達が喜びそうなつまみを俺が作るように言われたんだ。これも料理修行の一つだと言って」
「なるほど。それでは、今頃マリア様達は、君が作った料理を楽しんでいるんだね。それは良かった。」
 セレクトの言葉に、ジェノは怪訝な顔をする。

「俺が考えた女向けの料理よりも、メルエーナが作った方が舌にあったと思うが……」
「ははっ。本当に君は、マリア様が仰るとおりなのだね」
 ジェノは素直に疑問に思ったことを口にしたのだが、セレクトに苦笑いをされてしまう。

「まぁ、とりあえず座ろうぜ。話し合いは喉を少し潤してからだ」
「ええ、そうですね」
「そうだな」
 シーウェンの提案に、セレクトとジェノは席につく。
 そしてジェノが皆のジョッキにビールを注ぎ、乾杯をするのだった。
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