ときにはシリーズ

トド

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ときには、心休まる休息を

⑤ 『現実』

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 夜もすっかり更けこんだこともあり、バルネアは家路につくことにしたのだが、ティルが同行を申し出てくれた。

 そして、二人で道すがら会話をし続けると、あっという間に家の前についてしまう。



「あっ、ここが私の家よ。とはいっても部屋の一室にすぎないけどね」

 バルネアの家は、何度も改修工事がされているとはいえ、お世辞にも立派とはいえない集合住宅だ。 名のしれた店で副料理長を任されている者の住まいとは思えないだろう。

 もっとも、ティルは特に気にした様子もなく、「そうなんだ」と呟いただけだった。



「ありがとう、送ってくれて……」

「いや、大したことじゃないよ」

 明かりを片手にティルはそう言って微笑む。



「あっ、ティル。暗いからわかりにくいだろうけど、この家の向かいが私の言っていた『白の子鹿亭』よ。明日の約束、忘れたらだめだからね」

「うん。楽しみにしているよ。その、おやすみ、バルネア」

「ええ、おやすみなさい。また明日ね」

 去っていくティルに手を振り、その明かりが見えなくなるまでバルネアはただその姿を見ていたが、やがてそれが見えなくなると、住み慣れた家に戻ることにする。



「厨房に明かりがついてるわね。ルーシア、まだ頑張っているんだ」

 部屋に戻ろうかとも思ったが、バルネアはなんとはなしに家の入口近くの厨房に足を運ぶ。そこにはバルネアの想像通りの人物が立っていた。



 特に物音を立てたつもりはないのだが、気配で察したのだろうか、厨房の中にいたその人物が静かにこちらに向かって歩み寄ってきた。



「帰りが遅いと思ったら、男と一緒に帰ってくるなんて……。ずいぶん余裕が有るのね、あなたは」

 コックコートを身にまとった、肩まで伸びた紫色の髪の少女。少し釣り目がちながら均衡の取れた美しいその少女は、開口一番そう言うと鋭い目つきをバルネアに向けてきた。

 もっとも、バルネアにとってはいつものことなので、気にすることなく笑顔のまま話を続ける。



「頑張るわね、ルーシア。こんな遅くまで試作していたの?」

「……当たり前でしょう。コンテストまでもう時間がない。少しでも完成度を高めておかないと。って、そんなことはどうでもいいわ。どういうつもりなの? あなたに男がいたなんて初耳だけど、そんなことにうつつを抜かしている場合じゃないことくらいは、あなたも分かっているでしょう?」

 ルーシアの声は低い。その声には明らかに怒気が込められている。だが、バルネアは気にした様子もなく、



「……男って、ティルのこと? あの人とは今日初めてお話したんだけど?」



 あっけらかんとそう答える。

 すると、ルーシアの顔が僅かにひきつった。



「あっ、あなたね。嘘を言うのならもう少し真実味があることを言いなさい」

「嘘でもなんでもないわよ。ルーシアも知ってる顔でしょう? うちのお店の常連さんだもの。

 あの人は私達と同い年で、ティルって言う名前なの。今日のお昼に声をかけられて、昼食をごちそうして、さっきまで二人で星を見ながらお喋りしてきただけよ」

「……お……やって……」

 笑顔で応えるバルネアに、ルーシアは体を小刻みに震わせて何かを断片的に呟く。



「んっ? どうしたの、ルーシア?」

「何をやっているのよあんたは! 少しは身の危険を感じなさいよ! どこに出会ったばかりの男にホイホイついていく女がいるのよ!」

「えっ? 身の危険? どういうこと?」

 訳がわからないといった顔で尋ね返すバルネアに、ルーシアは頭を片手で抑えながら「ああっ、もう、この天然は!」と愚痴を漏らす。



「あんたがどこでどんな目にあおうと私の知ったことじゃないけど、今度の料理コンテストが私にとってもあんたにとっても最後のチャンスだってことを忘れるんじゃないわよ! そして、今回こそは私があんたを負かして優勝させてもらうわ。だから、あんたも全力で、ベストコンディションで来なさい。その上で今までの借りをまとめて返してやるわ!」

 ルーシアの言葉に、バルネアは冷水を頭から被されたような気持ちになった。



 そうだ、もう料理コンテストまで時間がないのだ。ティルとの話で浮かれていた気持ちが、急速に冷めていくのを感じる。



「……そっか。そうよね……」

 料理コンテストの内容は、予選は参加者全員によるコース料理の品評審査だが、本戦に選ばれた八人からは、それぞれその場で課題が与えられての一対一の料理勝負になる。

 騎士の決闘に端を発していると言われているその試合内容だが、現実にはそのほうが観客が盛り上がり集客が良いからだろう。



 だが、実際に参加する側としては堪ったものではない。

 優勝するためには、予選で上位八名に残り、その上で三回も当日に発表される課題に対応しなければならないのだから。



 過去に三度、バルネアとルーシアはそのコンテストに参加し、本戦で対決している。

 そして僅差ではあったが、結果として全てバルネアが勝利していた。だがバルネアは決勝で全て敗退している。

 ルーシアにとってはバルネアは目の上のたんこぶのような煩わしい存在のはずだ。しかし、彼女はその相手に、全力で向かってくるようにと言っているのだ。



「やっと現実を理解したようね」



 バルネアの表情が緊迫感を持ったものに変わったことを確認し、



「浮かれてあんたが自滅してくれたほうが正直楽だけど、そんなことじゃあ、私の気がすまないわ。今回は必ず私が勝つ。そして、『銀の旋律』に入ってみせるわ」



 ルーシアはそう宣言すると、話は終わりだと言わんばかりにバルネアに背を向ける。



「ありがとう、ルーシア」

 バルネアは自分を鼓舞してくれた友人に礼を言う。



「勝つのは私。そう言ったはずよ」

 ルーシアはただそれだけ呟き、調理に戻って行った。バルネアもそれ以上は何も言わずに調理場を後にする。



「最後のチャンス。うん、ルーシアの言うとおりだわ。私も頑張らないと……。でも……」

 部屋に戻ろうと足を進めながら、焦燥感に駆られた。

 だが、バルネアはふと浮かんだティルの笑顔を思い出す。



『疲れたのなら、少し休んだらいいんじゃないかな? 努力をすることが大事なのはわかるけれど、ときには休息も必要だと思うよ』

 そして、そんな言葉を思い出す。



「今日は休もう。明日のティルとの約束を破る訳にはいかないもの」

 ティルを言い訳に、逃げ道に使っているようで罪悪感を覚えたが、バルネアは彼の言葉に甘える事にした。
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