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ときには、気心知れた親友と
⑦ 『未来のために』
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仕事場である料理店から少し離れたところにある一軒家が、今の私達家族の住まいだ。
建設費用と光熱費等のことを考えて、バルネアさんのお店のように、お店と一体型の住居も考えたのだが、まだ幼い子供の鳴き声などがお客様の食事の妨げになってしまうことを危惧し、別に家を購入した。
そのため、豪邸などとは決して呼べない平均的な家屋。だが、私はこの家が大好きだ。
大きな屋敷に全く住んでみたくはないと言えば嘘になるが、自分が管理できる大きさの家というものには、それはそれで違った良さもある。
自分が夫と一緒に守っているこの家には、幸せが溢れている。そしてそれは、何物にも代えがたいものなのだから。
「おかえりなさい! お父さん、お母さん!」
玄関の鍵を開けて家に入ろうとすると、私によく似た栗色の髪の愛娘が、トタトタと家の中から駆け出してきて、夫と私を笑顔で出迎えてくれた。
私達は笑顔で「ただいま」と口にする。
「おっ、おかえりなさい……」
元気のいい娘とは異なり、恥ずかしがり屋の息子が、居間の入り口のドアに体を半分隠しながら、出迎えてくれる。
「もう。ちゃんと、お父さんとお母さんの前で言わないと駄目。ほらっ、こっちに来て」
息子が生まれてからというもの、年上の娘はすっかりお姉ちゃん風を吹かせるようになった。それがなんとも言えず微笑ましい。
「うっ、うん」
お姉ちゃんに言われ、息子も玄関まで走り寄ってきて、改めて、「おかえりなさい」と言って微笑む。
夫に似た黒髪の息子の屈託のない笑顔は、世界で一番可愛らしい。もちろん、娘の笑顔も同じく世界一だが。
「きちんと留守番をしていたんだな。偉いぞ、二人共」
夫は荷物を床に置き、娘と息子の頭を優しく撫でる。
その光景は、何度見ても飽きることがなく素晴らしい。
「あっ……」
だが、そこで、娘のお腹が、きゅうぅ~っと音を立てた。
娘は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらも、「お腹が空いちゃった」と私達に訴えてくる。
「そうね。もうこんな時間だものね。待っていて、すぐに美味しい料理を作るから」
夫が娘を抱きかかえたので、私は息子を抱きかかえて居間に連れて行く。
そして、改めて買い物をしてきた商品を運び込み、手を洗って服を着替える。
「さて、お腹を空かせてしまったお詫びに、お母さんが美味しいものを作ってあげるわ。何か、食べたいものはあるかしら?」
重い荷物を運んでくれた夫を労い、私は子供達にそう言って、食べたいものを尋ねる。
「なんでもいいの?」
「ええ」
私は、「ええと、何がいいかなぁ」と真剣に悩む子供達を笑顔で見つめていた。
だが、娘の口からは思いもしなかった言葉が飛び出してきた。
「それじゃあ、私は、お父さんが作ってくれる料理が食べたい!」
無邪気なその言葉に、私の思考は停止する。
「えっ、あっ、あの、ちょっと待って。お父さんは疲れているから、お母さんが美味しい料理を……」
私はそう娘に言ったのだが、もう娘の耳には私の言葉は聞こえていない。
「お母さんより、お父さんの作ってくれる料理のほうが美味しいから、楽しみ。お父さん、私はミートボールスパゲッティが食べたい!」
「あっ、僕も、お肉を丸めたのが入った、あのスパゲッティが食べたいな……」
子供達は私には目もくれず、夫の元に駆け寄り、料理を催促する。
夫はとても申し訳無さそうにこちらを見ていたが、私ががっくりと肩を落として頷くと、「分かった。俺が作ろう」と言って調理を始める。
「お父さん、私にも何かお手伝いさせて!」
「ぼっ、僕も、お姉ちゃんといっしょにお手伝いしたい……」
子供達は夫の料理に夢中だ。
私は一人寂しく、買い物してきた食材などを保温庫に運ぶのだった。
◇
「……というわけでね。子供は可愛いんだけれど、気遣いというものを知らないから、このままメルちゃんとジェノちゃんの腕の差が縮まらないと……」
バルネアの説明を聞き、未来を妄想……もとい、想像したメルエーナは、顔面を蒼白にした。
「もちろん、旦那様が家事をやってくれて楽ができると考えるような娘もいるだろうけれど、メルちゃんはそういうタイプではないでしょう? 子供達には、自分の料理を食べて育ってもらいたいと思うのではないかしら?」
バルネアの言葉に、メルエーナは、
「はい。そうです……。バルネアさん、私はどうしたらいいのでしょうか……」
そう涙ながらに口にし、席を立ってバルネアの手を掴んで縋り付く。
「大丈夫よ。私がついているわ。この折角のチャンスを無駄にしないで、明るい未来を掴めるように頑張りましょう!」
「はい! 頑張ります!」
憂鬱な気持ちなどすっかり吹き飛んでしまったメルエーナは、気合を入れて今回の料理勝負と特訓に取り組むべく、心を新たにするのだった。
なお、余談ではあるが、後日にこのときの一件が、娘を訪ねてやって来た母にバレて、
「それよりも、ジェノ君の心を掴む努力が先でしょうが!」
とメルエーナは叱られることになるのであった。
建設費用と光熱費等のことを考えて、バルネアさんのお店のように、お店と一体型の住居も考えたのだが、まだ幼い子供の鳴き声などがお客様の食事の妨げになってしまうことを危惧し、別に家を購入した。
そのため、豪邸などとは決して呼べない平均的な家屋。だが、私はこの家が大好きだ。
大きな屋敷に全く住んでみたくはないと言えば嘘になるが、自分が管理できる大きさの家というものには、それはそれで違った良さもある。
自分が夫と一緒に守っているこの家には、幸せが溢れている。そしてそれは、何物にも代えがたいものなのだから。
「おかえりなさい! お父さん、お母さん!」
玄関の鍵を開けて家に入ろうとすると、私によく似た栗色の髪の愛娘が、トタトタと家の中から駆け出してきて、夫と私を笑顔で出迎えてくれた。
私達は笑顔で「ただいま」と口にする。
「おっ、おかえりなさい……」
元気のいい娘とは異なり、恥ずかしがり屋の息子が、居間の入り口のドアに体を半分隠しながら、出迎えてくれる。
「もう。ちゃんと、お父さんとお母さんの前で言わないと駄目。ほらっ、こっちに来て」
息子が生まれてからというもの、年上の娘はすっかりお姉ちゃん風を吹かせるようになった。それがなんとも言えず微笑ましい。
「うっ、うん」
お姉ちゃんに言われ、息子も玄関まで走り寄ってきて、改めて、「おかえりなさい」と言って微笑む。
夫に似た黒髪の息子の屈託のない笑顔は、世界で一番可愛らしい。もちろん、娘の笑顔も同じく世界一だが。
「きちんと留守番をしていたんだな。偉いぞ、二人共」
夫は荷物を床に置き、娘と息子の頭を優しく撫でる。
その光景は、何度見ても飽きることがなく素晴らしい。
「あっ……」
だが、そこで、娘のお腹が、きゅうぅ~っと音を立てた。
娘は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらも、「お腹が空いちゃった」と私達に訴えてくる。
「そうね。もうこんな時間だものね。待っていて、すぐに美味しい料理を作るから」
夫が娘を抱きかかえたので、私は息子を抱きかかえて居間に連れて行く。
そして、改めて買い物をしてきた商品を運び込み、手を洗って服を着替える。
「さて、お腹を空かせてしまったお詫びに、お母さんが美味しいものを作ってあげるわ。何か、食べたいものはあるかしら?」
重い荷物を運んでくれた夫を労い、私は子供達にそう言って、食べたいものを尋ねる。
「なんでもいいの?」
「ええ」
私は、「ええと、何がいいかなぁ」と真剣に悩む子供達を笑顔で見つめていた。
だが、娘の口からは思いもしなかった言葉が飛び出してきた。
「それじゃあ、私は、お父さんが作ってくれる料理が食べたい!」
無邪気なその言葉に、私の思考は停止する。
「えっ、あっ、あの、ちょっと待って。お父さんは疲れているから、お母さんが美味しい料理を……」
私はそう娘に言ったのだが、もう娘の耳には私の言葉は聞こえていない。
「お母さんより、お父さんの作ってくれる料理のほうが美味しいから、楽しみ。お父さん、私はミートボールスパゲッティが食べたい!」
「あっ、僕も、お肉を丸めたのが入った、あのスパゲッティが食べたいな……」
子供達は私には目もくれず、夫の元に駆け寄り、料理を催促する。
夫はとても申し訳無さそうにこちらを見ていたが、私ががっくりと肩を落として頷くと、「分かった。俺が作ろう」と言って調理を始める。
「お父さん、私にも何かお手伝いさせて!」
「ぼっ、僕も、お姉ちゃんといっしょにお手伝いしたい……」
子供達は夫の料理に夢中だ。
私は一人寂しく、買い物してきた食材などを保温庫に運ぶのだった。
◇
「……というわけでね。子供は可愛いんだけれど、気遣いというものを知らないから、このままメルちゃんとジェノちゃんの腕の差が縮まらないと……」
バルネアの説明を聞き、未来を妄想……もとい、想像したメルエーナは、顔面を蒼白にした。
「もちろん、旦那様が家事をやってくれて楽ができると考えるような娘もいるだろうけれど、メルちゃんはそういうタイプではないでしょう? 子供達には、自分の料理を食べて育ってもらいたいと思うのではないかしら?」
バルネアの言葉に、メルエーナは、
「はい。そうです……。バルネアさん、私はどうしたらいいのでしょうか……」
そう涙ながらに口にし、席を立ってバルネアの手を掴んで縋り付く。
「大丈夫よ。私がついているわ。この折角のチャンスを無駄にしないで、明るい未来を掴めるように頑張りましょう!」
「はい! 頑張ります!」
憂鬱な気持ちなどすっかり吹き飛んでしまったメルエーナは、気合を入れて今回の料理勝負と特訓に取り組むべく、心を新たにするのだった。
なお、余談ではあるが、後日にこのときの一件が、娘を訪ねてやって来た母にバレて、
「それよりも、ジェノ君の心を掴む努力が先でしょうが!」
とメルエーナは叱られることになるのであった。
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