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ときには、気心知れた親友と
⑯ 『過去語り③』
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「シェフから、『どうかこのまま店で待っていて』との言伝を預かっております」
そう給仕の女性に言われて、サービスだというお茶を飲みながら、ルーシアは店で時間を潰すことになった。
だが……長かった。
本当に長かった。実際の時間以上に。
出された料理を口にした瞬間から、ルーシアは厨房に踏み込みたくなってしまっていたのだ。
けれど、その気持ちを懸命に堪えて、自分以外のお客様が店を出ていくのを待った。
(なんなのよ、この異常なほどのクオリティは……)
今の自分にこれほどの料理が作れるだろうか?
いや、作れないなどと認めて、白旗を揚げるつもりは微塵もないが、今すぐに料理を作りたくて、自分の技量を確認したくて仕方がなかった。
自分は大都市で、老舗の料理屋で、食の最前線で腕を磨き続けてきた。
それなのに、そんな自分が自らの腕に不安を覚えてしまうほどの料理の数々。
ルーシアは研鑽を怠ったことはない。この五年間の努力は、自分を一流と呼ばれる料理人の仲間入りをさせたという自負がある。
だからこそ、<銀の旋律>の部門料理長の一人になれたのだ。
それなのに、片田舎で細々と料理を作り続けていただけのあの天然が、どうしてこれほどの料理を作り出せるのだろう。
(……天才め……)
心のなかでは悔しさに歯噛みしながらも、表面上は冷静さを保ち、ルーシアはその時を待った。
最後のお客様が帰ったのを確認し、ルーシアは席を立とうとした。だが、それよりも先に、トタトタと走る音が聞こえてきた。
走り寄ってくる。金色の髪を背中で纏めた、五年前とあまり変わらない、コックコート姿の女が。ルーシアは彼女を真っ直ぐに見つめる。
だが、距離が近づいてきても女は、バルネアは、スピードを緩めない。
「ちょっ、止まりなさ……」
「ルーシア! 会いたかった!」
勢いそのままに、バルネアはルーシアに飛びついてきた。躱す余裕もなく、ルーシアはバルネアを抱きとめることになってしまう。
「危ないわね! 何を考えているのよ、あんたは!」
「だって、もう五年以上も会っていなかった親友との再会なのよ。嬉しくて仕方がないじゃあないの」
「はっ? 親友?」
聞き慣れない言葉に、ルーシアは聞き間違いだろうかと思った。
「皆さん、改めて彼女を紹介しますね。<銀の旋律>という名前の大きなお店で料理人をしている、私の昔からの大親友、ルーシアです」
しかし、腕から離れるや否や、店のスタッフ達に大声で宣言するバルネアに、ルーシアは自分の耳が正常である事を理解するのだった。
◇
気合が入った。
溜まりに溜まったストレスを発散するための気ままな旅行と思っていたが、そんな気持ちは吹っ飛んだ。
「流石はルーシアね。う~ん、その手際の良さ。惚れ惚れするわ」
呑気なことを言い、後ろで私の調理する姿を見ているバルネア。その後ろには、この店のスタッフの女性陣も興味深げに私の調理工程を見ている。
別段、秘密にするつもりなどないから見られても構わない。
そんなことで、このどうしようもなく料理をしたい欲求を満たしてくれるというのだから、安いものだ。
私を親友などと根も葉もない紹介をした後に、バルネアは、
「お義母さん。ルーシアを私達の家に招待するので、今日のまかないは、お願いしてもいいですか?」
と、義母であるロゼリアという女性に頼み、私の腕に抱きついて、自分の家に連れて行こうとする。
もちろん、私の了解は取っていない。
だが、どうやらこの天然ボケの頭の中では、決定事項のようである。
「こいつ、昔よりも天然に磨きがかかっているんじゃあ……」
そう思いもしたが、それよりも今こいつが言った、『まかない』の言葉が私には重要だった。
「バルネア。貴女の料理は堪能させてもらったわ。でも、やられっぱなしというのは私には我慢できない。だから、私にまかないを作らせなさい」
無茶苦茶な要求なのは自覚している。
部外者を厨房に入れるなど、普通の料理人ならば決してしない。
だが、バルネアは普通ではない。色んな意味で。
私はそこに賭けた。
「ええっ! ルーシアがまかないを作ってくれるの? ああっ、それは魅力的な提案ね。ただ、それなら、私の旦那様を呼んでもいい?」
バルネアは目を輝かせて、私に期待の眼差しを向けてくる。
……うん。やっぱりこいつは普通ではない。
「好きになさい。ただ、私の料理の方が美味しいとか旦那さんが言っても、私を恨むんじゃあないわよ」
私は得意げな笑みを浮かべて、天然ボケに色ボケまで加わっている女に、そう言ってやる。
「それはないから大丈夫よ。ティルの味の好みを誰より知っているのは、私だもの」
さらっと惚気やがるか、この天然! ……という言葉が喉元まで出かかったが、今は料理をするのが先だと自分に言い聞かせ、私は荷物のカバンからコックコートを取り出し、料理に取り掛かることにしたのだ。
砂抜きの終わっているハマグリと、海老とホタテが目に入ったときから、何を作るのか決めていた。
私は海老の下処理を終わらせると、玉ねぎをみじん切りにし、マッシュルームの石づきをとって半分にする。
「久しぶりの、ルーシアの料理~♪」
ロゼリアさんが旦那を呼びに行ってくれたので、バルネアは子供のようにはしゃいで私の調理を見つめている。
ええい、鬱陶しい。
「残念だけど、そんな手の込んだ料理ではないわよ」
「でも、ルーシアが作ってくれるんだもの。とびきり美味しいに決まっているわ」
「……」
なんでこいつは、こう私を信用しきっているのだろう?
私達は以前、同じ職場で働いていた同僚でライバル。ただそれだけの関係に過ぎないはずなのに。
「まぁ、私の料理を楽しみにしているのは分かるわ。貴女の美味しいものに対する嗅覚だけは褒めてあげる」
私は料理を完成させるべく、鍋にバターを溶かし入れて、海老とホタテを炒めていく。そして、色が変わった段階で取り出し……。
「ああっ、いい匂い」
「本当。流石バルネアのお友達ね」
「親友と言ってあげないと駄目よ。バルネアったら、いつごろ来るのかなって、ルーシアさんが来る日をずっと心待ちにしていたんだから」
スタッフたちの身勝手な感想に、何故か頬が熱を持った気がしたが、こんなものは、今、この料理を煮込んでいるから熱いだけだ。
そして、店の裏玄関が開かれ、バルネアの夫達が到着したタイミングで、私の料理は完成した。
「はい、完成! 謹製の『魚介のフリカッセ』よ。そんじょそこらのフリカッセとは訳が違うから、覚悟しておきなさい」
私の言葉に、スタッフ達も、あの天然バカも、心から嬉しそうに微笑むのだった。
そう給仕の女性に言われて、サービスだというお茶を飲みながら、ルーシアは店で時間を潰すことになった。
だが……長かった。
本当に長かった。実際の時間以上に。
出された料理を口にした瞬間から、ルーシアは厨房に踏み込みたくなってしまっていたのだ。
けれど、その気持ちを懸命に堪えて、自分以外のお客様が店を出ていくのを待った。
(なんなのよ、この異常なほどのクオリティは……)
今の自分にこれほどの料理が作れるだろうか?
いや、作れないなどと認めて、白旗を揚げるつもりは微塵もないが、今すぐに料理を作りたくて、自分の技量を確認したくて仕方がなかった。
自分は大都市で、老舗の料理屋で、食の最前線で腕を磨き続けてきた。
それなのに、そんな自分が自らの腕に不安を覚えてしまうほどの料理の数々。
ルーシアは研鑽を怠ったことはない。この五年間の努力は、自分を一流と呼ばれる料理人の仲間入りをさせたという自負がある。
だからこそ、<銀の旋律>の部門料理長の一人になれたのだ。
それなのに、片田舎で細々と料理を作り続けていただけのあの天然が、どうしてこれほどの料理を作り出せるのだろう。
(……天才め……)
心のなかでは悔しさに歯噛みしながらも、表面上は冷静さを保ち、ルーシアはその時を待った。
最後のお客様が帰ったのを確認し、ルーシアは席を立とうとした。だが、それよりも先に、トタトタと走る音が聞こえてきた。
走り寄ってくる。金色の髪を背中で纏めた、五年前とあまり変わらない、コックコート姿の女が。ルーシアは彼女を真っ直ぐに見つめる。
だが、距離が近づいてきても女は、バルネアは、スピードを緩めない。
「ちょっ、止まりなさ……」
「ルーシア! 会いたかった!」
勢いそのままに、バルネアはルーシアに飛びついてきた。躱す余裕もなく、ルーシアはバルネアを抱きとめることになってしまう。
「危ないわね! 何を考えているのよ、あんたは!」
「だって、もう五年以上も会っていなかった親友との再会なのよ。嬉しくて仕方がないじゃあないの」
「はっ? 親友?」
聞き慣れない言葉に、ルーシアは聞き間違いだろうかと思った。
「皆さん、改めて彼女を紹介しますね。<銀の旋律>という名前の大きなお店で料理人をしている、私の昔からの大親友、ルーシアです」
しかし、腕から離れるや否や、店のスタッフ達に大声で宣言するバルネアに、ルーシアは自分の耳が正常である事を理解するのだった。
◇
気合が入った。
溜まりに溜まったストレスを発散するための気ままな旅行と思っていたが、そんな気持ちは吹っ飛んだ。
「流石はルーシアね。う~ん、その手際の良さ。惚れ惚れするわ」
呑気なことを言い、後ろで私の調理する姿を見ているバルネア。その後ろには、この店のスタッフの女性陣も興味深げに私の調理工程を見ている。
別段、秘密にするつもりなどないから見られても構わない。
そんなことで、このどうしようもなく料理をしたい欲求を満たしてくれるというのだから、安いものだ。
私を親友などと根も葉もない紹介をした後に、バルネアは、
「お義母さん。ルーシアを私達の家に招待するので、今日のまかないは、お願いしてもいいですか?」
と、義母であるロゼリアという女性に頼み、私の腕に抱きついて、自分の家に連れて行こうとする。
もちろん、私の了解は取っていない。
だが、どうやらこの天然ボケの頭の中では、決定事項のようである。
「こいつ、昔よりも天然に磨きがかかっているんじゃあ……」
そう思いもしたが、それよりも今こいつが言った、『まかない』の言葉が私には重要だった。
「バルネア。貴女の料理は堪能させてもらったわ。でも、やられっぱなしというのは私には我慢できない。だから、私にまかないを作らせなさい」
無茶苦茶な要求なのは自覚している。
部外者を厨房に入れるなど、普通の料理人ならば決してしない。
だが、バルネアは普通ではない。色んな意味で。
私はそこに賭けた。
「ええっ! ルーシアがまかないを作ってくれるの? ああっ、それは魅力的な提案ね。ただ、それなら、私の旦那様を呼んでもいい?」
バルネアは目を輝かせて、私に期待の眼差しを向けてくる。
……うん。やっぱりこいつは普通ではない。
「好きになさい。ただ、私の料理の方が美味しいとか旦那さんが言っても、私を恨むんじゃあないわよ」
私は得意げな笑みを浮かべて、天然ボケに色ボケまで加わっている女に、そう言ってやる。
「それはないから大丈夫よ。ティルの味の好みを誰より知っているのは、私だもの」
さらっと惚気やがるか、この天然! ……という言葉が喉元まで出かかったが、今は料理をするのが先だと自分に言い聞かせ、私は荷物のカバンからコックコートを取り出し、料理に取り掛かることにしたのだ。
砂抜きの終わっているハマグリと、海老とホタテが目に入ったときから、何を作るのか決めていた。
私は海老の下処理を終わらせると、玉ねぎをみじん切りにし、マッシュルームの石づきをとって半分にする。
「久しぶりの、ルーシアの料理~♪」
ロゼリアさんが旦那を呼びに行ってくれたので、バルネアは子供のようにはしゃいで私の調理を見つめている。
ええい、鬱陶しい。
「残念だけど、そんな手の込んだ料理ではないわよ」
「でも、ルーシアが作ってくれるんだもの。とびきり美味しいに決まっているわ」
「……」
なんでこいつは、こう私を信用しきっているのだろう?
私達は以前、同じ職場で働いていた同僚でライバル。ただそれだけの関係に過ぎないはずなのに。
「まぁ、私の料理を楽しみにしているのは分かるわ。貴女の美味しいものに対する嗅覚だけは褒めてあげる」
私は料理を完成させるべく、鍋にバターを溶かし入れて、海老とホタテを炒めていく。そして、色が変わった段階で取り出し……。
「ああっ、いい匂い」
「本当。流石バルネアのお友達ね」
「親友と言ってあげないと駄目よ。バルネアったら、いつごろ来るのかなって、ルーシアさんが来る日をずっと心待ちにしていたんだから」
スタッフたちの身勝手な感想に、何故か頬が熱を持った気がしたが、こんなものは、今、この料理を煮込んでいるから熱いだけだ。
そして、店の裏玄関が開かれ、バルネアの夫達が到着したタイミングで、私の料理は完成した。
「はい、完成! 謹製の『魚介のフリカッセ』よ。そんじょそこらのフリカッセとは訳が違うから、覚悟しておきなさい」
私の言葉に、スタッフ達も、あの天然バカも、心から嬉しそうに微笑むのだった。
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