ときにはシリーズ

トド

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ときには、気心知れた親友と

㉓ 『親友』

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 長いと思っていたルーシアの滞在期間も、あっという間に過ぎていく。
 メルエーナもその事を寂しく思う。

 料理勝負が終わってからは、バルネアに泣き落とされて、ルーシアは彼女の家で寝食を共にすることとなった。
 ただ、居候の身で居ることが不服なルーシアは、メルエーナとジェノに、毎晩、料理指導を行ってくれた。
 厳しくもあったが、温かみもあり、メルエーナ達はその指導をしっかりと心に刻んだ。

 そんな充実した時間は瞬く間に過ぎ、いよいよ明日の朝、ルーシアはこのナイムの街を、エルマイラム王国を発つこととなってしまった。

 最後の夜は、ルーシアとバルネアの二人だけにしてあげようと、メルエーナ達は気を使ったのだが、「いいから、貴女達も同席しなさい」とルーシアとバルネアに言われ、いつもの食卓で飲み物を片手に、話に花を咲かす。


「信じられる? 店の名前というのは何よりも重要なものよ。それなのに、この天然バカときたら、まだろくに言葉が喋れない幼子の言葉から取ったのよ」
「むぅ。いいじゃない。私はこの響きが大好きなんだから」
 すでにお酒が入っているルーシアとバルネアは、遠慮なく口論を続ける。

「……<パニヨン>って、何語か分からなかったんですが、まさか……」
「ああ。呂律がしっかりしていない子供が、蝶を意味する『パピヨン』を言い間違えたところから来ていたとは……」
 メルエーナの驚きと呆れが半々の呟きに、ジェノも同意する。

「結局、今回も私の勝ち。これで、私の二連勝ね」
「むぅ。そんな昔のことを言っていいのなら、三勝二敗で、まだ私が勝ち越しているもん」
「んっ? 何よ、喧嘩を売っているわけ?」
「先に言いだしたのは、ルーシアの方でしょう?」

 ルーシアとバルネアが睨み合うが、この数日ですっかり二人の関係が理解できたメルエーナとジェノは、心配する様子もなく、苦笑して見守り続ける。

「……バルネア。料理が少し減ってきた気がしない?」
「ええ。そうね。そして、牛のステーキ肉が二枚残っているわ」
 ルーシアとバルネアは頷き合い、席を立って厨房に向かう。

「ルーシアさん、バルネアさん。まだお料理は残っていますから」
「メルエーナ。ここは黙っておいたほうが良さそうだ」
「……そうですね」
 ジェノの言葉に苦笑し、メルエーナは、お互いに文句を言いながらも楽しそうに料理をする二人を見つめていた。

「……素敵な関係ですね、バルネアさんとルーシアさん」
「ああ。そうだな」
 ジェノも目を細めて同意してくれる。

「こんな素晴らしい料理人の指導を受けられる、俺達も幸せだがな」
「ええ。本当に、心からそう思います」
 メルエーナが同意すると、ジェノは小さく頷く。そして、しばらくの沈黙の後、彼は口を開いた。

「……すまない、メルエーナ。俺がこの店に留まれば、バルネアさんとお前に迷惑を掛けることになる。それは分かっているが、俺はバルネアさんから、これからもいろいろなことを学びたいと思っているんだ。だから、俺は……」
「えっ? 迷惑ってなんですか? 私もバルネアさんも、ジェノさんが居てくれて嬉しいと思うことはあっても、迷惑だなんて思うことはありませんよ」
 あまりにもジェノが的はずれなことを言うので、メルエーナは可笑しくなって笑みを浮かべる。

 その笑顔に、ジェノは少しの間言葉を失っていたが、やがて苦笑した。

「ジェノさん、どうかしましたか? 何かあったんですか?」
 心配するメルエーナ。しかし、ジェノは小さく首を横に振り、

「いいや、なんでもない」
 と言って静かにお茶を飲み干す。

 メルエーナはよく分からなかったが、何も言わずに空になったジェノのコップにお茶を注ぐ。

「……ありがとう」
 お茶のお礼だったはずだ。その言葉は。
 けれど、メルエーナには、何故かその言葉がもっと深い意味があるように聞こえた。

 それはただの気のせいかもしれない。
 けれど、どこか嬉しそうなジェノを見ていると、こちらも嬉しくなってくる。

 メルエーナは上機嫌で、ルーシアとバルネアの料理が完成するのを心待ちにするのであった。
 






 夜が更け、ジェノとメルエーナが部屋に戻り、食卓を囲むのはバルネアとルーシアの二人だけになっていた。
 
「ねぇ、バルネア。貴女は、再婚とかは考えていないの?」
 突飛なルーシアの発言に、バルネアは口にしていたワインを吹き出しそうになってしまった。

「なっ、なによ、突然」
「突然じゃあないでしょう。私は手紙で何度もこの話題を出していたはずだけれど?」
 ルーシアが真剣な眼差しを向けてくるので、バルネアはグラスをテーブルに置き、首を横に振った。

「あんたは若く見えるし、これほどの料理上手。口説こうとする男だってそれなりに居たはずよ。でも、あんたはそういった話をすべて断っているんでしょう?
 もう十年になるのよ。ティルだって、貴女が寂しくしているのを望んではいないはず。貴女が、別の男の人を好きになったとしても……」
 ルーシアはそう言ってくれるが、バルネアはやはり首を横に振る。

「駄目なのよ。私はどうしてもティルの面影を追ってしまうの。だから、他の男性とお付き合いするなんて考えられないわ」
「でも、このままじゃあ、あんたは……」
 暗い顔をするルーシアに、バルネアは微笑んで見せる。

「大丈夫よ。今の私には、ジェノちゃんとメルちゃんが居てくれるから」
「今はそれでいいかもしれないわ。でも、あの二人だって、いつまでも一緒にはいられないでしょう?」
「……そうね」
 バルネアは困ったように笑い、再びワインを口に運ぶ。

「ねぇ、ルーシア。旦那さんと、コーティ君は元気なの?」
「……ええ。元気よ。特にコーティは、だんだん生意気になってきて困っているのよ」
 強引に話を切り替えても、ルーシアは文句を言わない。
 バルネアがこれ以上、先程の話題に触れて欲しくないことを理解してくれているのだ。

「仕事も忙しくて大変だと思うけれど、旦那さんと息子さんを大事にしてあげてね」
「……ええ。分かっているわ」
 子供が出来ず、死に別れてしまった夫以外を伴侶とするつもりのない自分が、手に入れられなかった幸せ。その掛け替えのない幸せを、ルーシアには持ち続けて欲しいとバルネアは思う。

 しばらく沈黙が続き、バルネアとルーシアはワインを口にする。
 だが、やがてバルネアが口を開いた。

「ルーシア。また訪ねて来てね。その、ライバルとしてでいいから……」
 バルネアは笑顔で言ったつもりだったが、自然と涙が溢れてきてしまった。

 今が幸せだとバルネアは思っている。
 けれど、この幸せな時間はそう長くは続かない。
 そして、この幸せが終わってしまったら、またあの孤独な時間が訪れてしまう。
 正直それを思うと、怖くて、寂しくて仕方がない。

「……わよ……」
「えっ?」
 ボソリと呟いたルーシアの声が聞こえなかったので、バルネアが聞き返すと、ルーシアは酔っているためか顔を真っ赤にして、もう一度言葉を口にする。

「だから、親友でいいわよ。あんたとの腐れ縁ももうかなり長くなってしまったから、仕方ないわ。それと、その、また機会を見て遊びに来てあげるから、感謝しなさいよ!」
 ルーシアはそう言うと、ぷいっと横を向く。

「……ルーシア。ああっ、ルーシア、大好き! そうよね、私達は大親友よね!」
「だぁ、抱きついてくるな! それと、『大』はいらないわよ!」
「もう、照れなくてもいいじゃあないの」
「照れとらんわ! いいから離しなさい!」

 バルネアは嬉しそうに微笑んでいたが、不意にまた涙が溢れてきてしまい、ルーシアに抱きついたまま泣き出してしまう。
 ルーシアはそれに気づくと、優しくバルネアを抱きしめた。

「……はぁ。お互い弟子を持つようになると、素直に感情を表すのが難しくなるわよね。
 いいわ、今だけは泣きなさいよ。不安で仕方がないって気持ちを吐き出しなさい。でも、明日になったら前を向かないと駄目よ。なんせ、あんたは私の親友なんだから」
 ルーシアの言葉に何度も頷きながら、バルネアは涙を流し続けるのだった。







 朝一番の出発ということもあり、店の開店に間に合うからと港まで見送りに来たバルネア達に向けて、ルーシアは力強く微笑み、

「バルネア。ジェノ。メル。また来るわ。その時は、皆でお酒を飲みましょう」

 そう短い別れの挨拶とともに去っていった。

「寂しいですね」
「大丈夫よ。きっとまた遊びに来てくれるわ」
 バルネアは寂しげな顔のメルエーナの頭を笑顔で撫でる。

「素晴らしい方でしたね。料理人としても、人としても」
 ジェノのその言葉を聞き、バルネアは我が事のように嬉しくなる。

「それはそうよ。だって、ルーシアは私の一番の大親友だもの!」
 バルネアがそう断言すると、メルエーナもジェノも穏やかに微笑む。

「さぁ、今日もお客様に美味しい料理をお出ししないと。ジェノちゃん、メルちゃん。力を貸してね」
「「はい」」
 二人の頼もしい返事を聞き、バルネアは満足気に微笑む。


 齢を重ねても、なかなか強くなるのは難しい。
 けれど、少しずつでも強くならないと。

 自分には遠く離れても、尊敬できる大親友がいる。
 だから、今度彼女と会う時は、もっと強い自分を見せないと。

 バルネアは心のうちで誓いを立てて、大親友との再会を心待ちにするのだった。
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