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過去の傷
しおりを挟むカイゼルとの関係が愛情に満ちたものに変わってから、毎日が幸せだった。
「セレナ、今日は一緒に町へ出かけないか?」
「町へ?」
「ああ。君と二人で街を歩いてみたい」
変装して町に出かけた私たちは、まるで普通の若い夫婦のように手を繋いで歩いた。
「あそこの花屋、綺麗ですね」
「気に入ったか?」
「はい」
カイゼルは花屋で薔薇の花束を買ってくれた。
「ありがとうございます」
「君が喜んでくれて嬉しい」
カフェでお茶を飲みながら、私たちはたくさん話をした。
「こんな風に、普通のデートをしたかったんだ」
「デート?」
「ああ。恋人同士がするような」
彼の言葉に、私の心は温かくなった。
でも、ある日のことだった。
「カイゼル様、お客様がお見えです」
侍従が知らせに来た時、カイゼルの表情が一変した。
「誰だ?」
「エリザベス様です」
その名前を聞いた瞬間、彼の顔が青ざめた。
「エリザベス……」
「カイゼル様?どちらさまですか?」
「……昔の知り合いだ」
彼の様子がおかしいことに気づいた私は、心配になった。
応接室に現れたのは、息を呑むほど美しい女性だった。金髪に緑の瞳、まるで妖精のような美貌。
「カイゼル、お久しぶり」
「エリザベス……なぜここに?」
「貴方に会いたくて」
彼女はカイゼルを見つめ、私のことは無視していた。
「こちらは私の妻、セレナだ」
「あら、奥様。初めまして、エリザベス・ローズマリーです」
彼女の挨拶は表面的なもので、明らかに私を敵視していた。
「セレナ、すまないが席を外してもらえるか?」
「あの……」
「頼む」
カイゼルの表情が切羽詰まったように見えて、私は頷いた。
「分かりました」
部屋を出てから、私は廊下で待っていた。二人の会話は聞こえなかったが、時々エリザベスの笑い声が響いてきた。
一時間ほど経って、ようやく彼女が出てきた。
「それでは、また今度お会いしましょう」
彼女は意味深な笑みを浮かべて帰っていった。
応接室に戻ると、カイゼルは窓の外を見つめて立っていた。
「カイゼル様?」
「……セレナ」
振り返った彼の表情は、深い悲しみに満ちていた。
「エリザベス様とは、どのような?」
「昔……愛していた人だ」
その言葉に、私の胸が締め付けられた。
「愛していた……」
「ああ。俺が愛を知らないと言ったのは嘘だった」
彼は私の方を向いた。
「エリザベスを愛していた。心の底から」
「それは……」
「でも、彼女は俺を裏切った」
カイゼルの声は震えていた。
「結婚の約束をしていたのに、他の男と駆け落ちしたんだ」
「まあ……」
「その時俺は悟った。愛などというものは幻想だと。人を傷つけるだけのものだと」
だから愛は要らないと言ったのか。
「でも、君と出会って、また愛することができるようになった」
「カイゼル様……」
「それなのに、彼女が戻ってきた」
彼の表情は苦悶に満ちていた。
「何と言っていたのですか?」
「昔の間違いを詫びて、俺の元に戻りたいと」
私の心は嫉妬と不安で一杯になった。
「カイゼル様は……どうお思いですか?」
長い沈黙の後、彼は答えた。
「分からない」
その答えに、私の心は粉々に砕けた。
「すまない、セレナ。しばらく一人にしてくれ」
「分かりました」
部屋を出ながら、私は涙を堪えるのに必死だった。
その夜、カイゼルは私の部屋に来なかった。
一人でベッドに横になりながら、私は考えていた。
彼の初恋の人が戻ってきた。あんなに美しくて魅力的な女性。
私なんかが太刀打ちできるはずがない。
でも、諦めたくない。
カイゼルを愛している。彼との幸せな日々を手放したくない。
翌日、私はエリザベスに会いに行くことにした。
「あら、セレナ様。どうしてこちらに?」
「お話があります」
「カイゼルのことかしら?」
「はい」
「彼は昔から私のものよ。貴女のような地味な女性では、彼を満足させることはできないわ」
彼女の言葉は毒を含んでいた。
「でも、カイゼル様は今、私を愛してくださっています」
「それは錯覚よ。本当の愛を知らないから、そう思い込んでいるだけ」
「そんなことは……」
「私が戻れば、彼はすぐに目を覚ますわ」
エリザベスの自信に満ちた表情を見て、私は不安になった。
「私は諦めません」
「ふふ、頑張ってみることね」
彼女の嘲笑を背に、私は屋敷を後にした。
その夜もカイゼルは来なかった。
私は一人で泣いた。
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