病院の僧侶(プリースト) と家賃という悪夢にしばられた医者

加藤かんぬき

文字の大きさ
12 / 57

トマーシュ・クロッカス 含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)(2)

しおりを挟む
 クロッカス夫人が続けて言った。
「これって…魂の器って綺麗でしょ? それで冷静になったの。このまま死んでてもらった方が役に立つって。生き返ったらまたあのつらい生活に逆戻りですよ。こうやって光っててもらった方が綺麗だし、燃料もいらないし。暗い夜も助かりますよ。

 役所にもちゃんと届けましたよ。死亡届。私は手続きが難航すると思っていたけどあっさりできた。実際、レアケースだけど、他にも魂の器のまま生き返らせない人がいるんですって。蘇生のお金が足りない人とかね。役所の人から生き返らせたくなったらまた手続きしてって言われちゃった。…誰がするものか。
 あなた達も勝手にこれ、…旦那を生き返らせたら死ぬまで恨みますよ! 絶対にやったら駄目ですよ!」

「僧侶の俺もそんな事情がある人って知らなかった…。俺もまだまだだぜ…」
 パディも関心した顔で言った。
「勉強になりました。はい、承知いたしました!」
「よしよし。トマーシュの部屋に行きましょうかね」

 三人がトマーシュの部屋へ入ると、本人はベッドに横になって壁の方向を向いていた。
「何だよ…。また来たのかよ…」
 鋭い目つきの少年がこちらを向くと悪態を吐いた。黒い髪は前髪が特に長めで、全体的に少しウエーブがかかっていた。一言でぐちゃぐちゃの髪だった。サーキスは彼と同じような髪型の人間を見たことがあった。パディがトマーシュに言った。

「今日は僧侶を連れて来たよ。彼はサーキス。さあ、お口を診てもらいましょうね」
 トマーシュは嫌々口を開けた。サーキスが呪文無しで歯並びを見た。虫歯が少しあるようにも見えたが、そこまで問題があるようにも思えない。
「兄ちゃん、どこが痛いの?」

「奥だよ! 奥歯! 見た目何ともないけど、いてえんだよっ!」
 母が謝った。
「ごめんなさい…。いつもはいい子なんですけど…」

「サーキス。彼は何もない状態、別に怪我もした覚えもないのに過去に下の顎の骨を骨折している。寺院で回復呪文をかけてもらったらその時は痛みが治まったらしい。そして時間が経ってトマーシュ君は歯の痛みを訴えている。僕が診たところ、おそらく含歯性嚢胞がんしせいのうほうと思われる。まあ、君の時みたいな腫瘍かな。左の奥歯の下…、こちらから見て彼の右の歯茎の中に親知らずが生えているはずだ。宝箱トレジャーの呪文で視てくれ」

「歯の下にまた歯があるっていうわけか? 嘘だろ…。アハウスリース・フィギャメイク・……ディラアピア・テュアルミュールソー・リヴィア・宝箱トレジャー
 サーキスが左手をかざして視るとパディが言った通り、奥歯の下の歯茎の中にもう一本歯が生えていた。それも横向きになっている。根元は虫歯になっていた。サーキスは背筋が寒くなった。

「先生の言った通りだ…。歯が横に生えてる…。こんな役にも立たない場所になぜ生える…。虫歯になってるし…。何だこれはでかいな…」
 虫歯の隣は大きくて赤黒いものができていた。見た目は血の塊にも似ていた。それは歯の数倍ある大きさだ。

「腫瘍って言っていいのかな? 俺のとまた違う袋みたいなのがあるぜ…」
「それが嚢胞のうほうだね。やっぱり含歯性嚢胞がんしせいのうほうみたいだね。それが…。神経って言ってわかるかな?」
「この細いやつか? 何度か他のところでも見た…。なんとなく先生が言うことはわかるが…。当たってるね! その嚢胞っていうのに神経が触れてる!」

 若いからさすがに目がいい。パディは思った。
「骨折も嚢胞のうほうによる圧迫のためだ。言い切って良い」
 パディの指示により、サーキスは他にも親知らずがないか調べた。結果、四隅に上下四本あることがわかった。上の歯はまだ嚢胞は小さいが、左下の嚢胞は結構育っているらしい。

「了解。これは取れば治るよ。下の歯は両方取った方がいいね」
 トマーシュが言った。
「治るっつったな⁉ 俺は死ぬほどいてえんだよ! 何なら今すぐ殺してくれていい! だいたい歯なんか診れる医者なんてこの世にいるのかよ⁉」

「大丈夫だよ、トマーシュ君。…お母さん、これから病院で手術をしたいと思います。トマーシュ君を連れて行きますが、よろしいですか?」
「いいです! お願いします!」

「一応、簡単に手術の説明をします。下の奥歯を両方抜きます。右側も今後痛くなるのがわかっているからです。歯茎を切開して親知らずと嚢胞を取ります。後は呪文で回復して終わりです。見た目には歯を二本、中にもあるから合計四本抜くことになります」

「はいはい、わかったよ! 痛くなくなりゃどうでもいいよー! 歯を全部抜いてくれたって構わない!」
 サーキスはトマーシュを背負った。
「ババアは来んな!」

 トマーシュはそういう年頃だった。パディが彼の母に耳打ちした。
「こっそり後から来てください」
 そうしてサーキスとパディは病院へと急いだ。サーキスはトマーシュの気持ちを和ませようと雑談を始めた。

「なあ、トマーシュ! お前は普段、リーゼントにしてるだろ! 俺の後輩にもいたんだぜ! 整える前はそんな感じだから初めて見た時はびっくりしたもんだぜ」
「うっせえな! こっちはいてえんだ! 黙って運べよ!」
 サーキスはこれぐらいでへこたれなかった。寺院時代の客はこのような人間ばかりだった。痛みさえ取れれば今のことも謝ってくれるはずだ。

(たぶんね…)
「だいたいライス病院ってのは噂が酷いんだよ! 良い噂と悪い噂、両方聞く! 良いこと聞いてなかったらこうやって付いていかなかったんだからな! いてて…。この痛みに終わりってないだろ…」
 三人が病院に着くと、リリカが手術の準備をして待っていた。

 さっそくトマーシュを手術台に寝かせてリリカが睡眠呪文を唱える。そしてパディが言った。
「では含歯性嚢胞の手術を始めます」
 リリカが金属製のマウスオープナーを使い、トマーシュの口を強制的に開いたままの状態にした。そしてリリカがパディにメスを渡す。パディは奥歯の歯茎にメスで切れ込みを入れた。

 サーキスは思った。
(ペンチで抜くって思ってたけど、医者は刃物を使うんだ! こっちの方が効率的だ! 奥歯は虫歯じゃないから尚更だ! これは僧侶が発想できないことだぜ! 僧侶には人を切れない!)

 パディは血まみれになった奥歯を引き抜いて更にその下の歯茎を切開。血が溢れるがリリカの魔法の吸引機で血液を吸ってもらう。歯茎の下の歯がむき出しになり、嚢胞とセットになっていたものが除去された。一旦、サーキスの回復呪文で歯茎を治し、反対側も同じように歯を二本抜いた。終わりにサーキスに宝箱トレジャーで歯茎の中を確認させた。

 手術も終了、後はトマーシュが起きるのを待つだけとなる。サーキスが言った。
「俺もこの兄ちゃんと同じでパディ先生にも口の中は治せないって思ってたんだ…。人のお腹はなんとなくわかるけど、足の裏とか心臓までって…。先生の国の医療ってどんだけすごいんだよ…。守備範囲広いよ…」

「ははは。フォードさんも言ってたけど、僕は悪いところを切るだけだよ。病気も一回見たら誰でも覚えられるよ。サーキスももう覚えただろ? 含歯性嚢胞」
「おう!」
 しばらくしてトマーシュが目を覚ました。

「ふぁああ…。あ、痛くない…。ん? 歯が…なくなってる…」
 リリカがトマーシュに手鏡を渡した。大きな口を開けて自分の顔を見たトマーシュは笑い始めた。
「綺麗に歯がなくなってる! 下の奥歯が二本とも! わはは! 面白い顔だ! いや人の口の中までは誰も見ないか! あ…」

 トマーシュは急にしおらしくなって言った。
「先生、さっきはすみませんでした…。サーキス…さん? 酷いこと言っちゃった…。ごめんなさい」
「いいってことよ! でリーゼントにしてる?」

「はい、いつもはリーゼントです! 気合バリバリで仕事してます、よろしくぅ! この病院の前の舗装も俺達がやったんですよ!」
「へえ! 水はけが良くて今日も歩きやすかったよ!」
「地面を一メートルぐらい掘って砂利で埋めてますから! スレーゼンの道は全て舗装してしまうそうです!」

 気付けばそばにいたトマーシュの母が言った。
「この調子でトマーシュは普段は働き者なんですよ」
「母ちゃん、来るなって言っただろ? 恥ずかしいなあ…」

「支払いもあるでしょ? …ここで失礼を申し訳ないけど、私はセリーン教徒なんですけど、カスケード寺院の言うことはやっぱりおかしいですね…。ライス総合外科病院には決して行かないように教えられていたけど、先生がいなかったら息子はどうなっていたことか…。先生、皆さんありがとうございました」

「いえいえ。こほんっ。一応、術後に僧侶の彼にまた内部を視てもらいましたが、親知らずがあった場所には顎の骨が伸びたそうです。完治してます。
 それと下の奥歯がなくなったことによって上の歯が宙ぶらりんになってますから、何年かすると上の歯が下に降りてきます。それでいて上には親知らずがあるので結局また抜かないといけません。なので一年に一回ぐらいはうちに診せに来てください」

 ここで言ったパディの完治とは回復呪文の力がなければ一年以上かかるものだった。
「はい、わかりましたー! 痛いの嫌だからまた来ます! 俺、いつも道端で仕事してますから見かけたら声かけてくださいね!」

 クロッカス親子は再び礼を言って帰って行った。トマーシュの様変わりがサーキスには何ともおかしかった。こんな気持ちはいつぶりだろう。寺院時代とはまた違うこの心地。患者と身近に接して病気を治す行為は感動すら覚えた。
(俺はやっぱり旅をやめてここに居るべきかな…)
 仁王立ちでボロボロと涙を流す彼にパディとリリカは破顔一笑はがんいっしょうするのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病院の僧侶(プリースト)3 サフランの願い

加藤かんぬき
ファンタジー
 舞台は日本の地方都市にある中規模の総合病院。  その日、手術室で看護師の星山結月(ほしやまゆづき)は限界を感じていた。  目の前には交通事故にあった少年。救おうとする命がまた失われようとしていた。  もう無理、限界! そんな時に手術室の中に現れた僧侶のサフラン。彼女は死の間際だった少年を回復魔法であっさりと癒し、助けてしまう。  手術室看護師の星山結月の心まで救われる。  その日以来、僧侶のサフランと星山結月ことユヅちゃんはコンビを組んで病院内の患者を次々と救って行く。 「基本的にあたしはサフランの魔法を見てるだけ! 虎の威を借る狐とはあたしのことよ!」  自己評価の低い看護師、主人公のユヅちゃん。それでも知恵と知識をしぼってサフランと力を合わせ、怪我人だけでなく、病人も魔法の応用で治して行く。  いたずら大好き、自由奔放なサフランに振り回されながら、ユヅちゃんは困難に立ち向かう。  少しほっこり、ほろりとした話を詰め合わせた医療コメディ。  そしてライス総合外科病院の人々のその後を描いた物語。  サフランがこちらの世界に来ることになった理由、彼女を見送ったサーキスの心境。  果たしてサフランは皆から託された願いを叶えることができるのか。 小説家になろうにも掲載しています

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...