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95. 王妃の印とは
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「昔の記憶はありませんが……私も、もう一度カルロスと出逢えて嬉しいです」
私の本心からの言葉に、カルロスは「ああ……」と声を震わせる。私の背に腕が回され、ぎゅっと抱きしめられた。カルロスの鼓動が聞こえてくる。
「……ですが」
抱きしめられていた腕の中からスルリと抜け出す。それから、背の高いカルロスを見上げてキッと睨んだ。
「ん? 何だ?」
泣き腫らした目で睨んだところで、滑稽でしかないだろうけど。でも、これは私の覚悟だ。見た目なんて今は気にならない。
「私は『王妃の印』について何も聞いておりません。それも、ちゃんと説明してください!」
正直、先にカルロスからあんな想いを聞かされてしまったら……無条件に全てを受け入れたくなってしまう。
でもね。それはそれ、これはこれ。
何か意図があっての事ならば、きちんと話してほしい。
「……そうだな。言わねばならないな」
「はい」
「だが。もう、印は消えているのだろう?」
カルロスは自身の額に手を当て、苦悩の色を滲ませた。
――やはりカルロスは、印が消えたことを知っていたのだ。
あの空間で、カルロスから分け与えられていた魔力を抑えた時に、鎖骨下にビリビリと変な感じがあった。
そして、私自身の力が発動すると同時に、パチンとゴムで弾かれたみたいな痛みが走り、何も感じなくなったのだ。
寮に戻り、湯浴みを済ませてジゼルを下がらせると、私は鏡の前に立った。バスローブを落とし、身体に魔力を巡らせたが……印が現れることも、鎖骨の下が熱を帯びることもなかった。
私に許可なく入れられた印は、消滅していたのだ。
そもそも、納得して入れられたものではなかったから、それで良かったのかもしれない。
けれど、私の中では……。
安堵よりも、ポッカリと胸に穴が空いたような、何か大切な物を失ってしまった――そんな寂しさの方が大きかったのだ。
だからこそ!
私に対する想いを聞いた今、その印の意味を知りたい。カルロスが、私を必要としてくれるのなら尚更に。
「王妃の印とは、その呼び名の通り。魔王である我が妻に与える印だ。……だが、ベアトリーチェ。其方に与えたのは、本物ではない。それを組み換えた、仮初めの印だった」
仮初め――つまり、その場限りで重要ではない物。
だから、大きな力が外から加わって、簡単に壊れてしまったのか。その意味にズキリと胸が疼いたが、口元にグッと力を入れて尋ねる。
「なぜ、そんな中途半端なものを?」
額から手を下ろしたカルロスは、私の両肩を掴んだ。俯き加減の顔は、私を見ない。長い睫毛で隠れている瞳は、何を映しているのだろうか。
「あの時、其方を守るには……私の力を分け与える必要があった。どれ程、本物を与えたかったか。だが、それを入れてしまったら……」
震える声を抑えるように、カルロスは一呼吸する。
「ベアトリーチェのまま、私と同じ苦しみを背負わなければならなくなる」
「それはいったい――」
「私の妻……魔界の王妃になるという事は、重責を担うだけではない。人として、二度と生まれ変われなくなるのだ。そして、周りの大切な者の生が終わるのを、幾度となく見続けなければならない。永遠の命と聞けば、手を伸ばしたくなる者もいる。だが、それは……気が狂う程の無限の孤独なのだ。そう、狂ってしまえたらどんなに楽か――」
苦しそうに言ったカルロスの手に力が入る。無意識なのだろう。肩の痛みより、話すカルロスの方が痛そうだ。
「其方は、どの人生も輝き懸命に生きていた。辛い時すら、その先に希望を見出して。私の唯一の救い……その笑顔を奪ってしまうなど、どうしてできようか」
――ああ、この人は。
どこまでも、私のことだけを考えているのだ。
「なんだ……」
私の口から言葉がこぼれる。
カルロスは、ビクッと全身を強ばらせた。
肩に置かれたカルロスの手に、自分の手をそっと乗せる。俯いていた顔がやっと私の方を向き、紫と赤の瞳に私が映った。
「……今、何と?」
カルロスは戸惑いを見せた。
「なんだ、そんな事。そう言ったのです」
私の言葉に、信じられないものを見るかのように、目を見開くカルロス。
「私が王妃になれば、カルロスは孤独ではなくなるのでしょう? 私もカルロスと一緒なら、孤独ではありませんし」
「だが! それはっ」
「ええ、わかっています。いえ……正直に言えば、想像もできません。それでも、カルロス。あなたが孤独の中に一人で居るなんて、私は嫌なのです」
「……後悔、するぞ?」
「私を見くびらないでください。生きている限り、後悔なんて付いてまわるのです。同じ後悔するのなら、思うように精一杯進んでその時にします。それでまた、新しい希望の道を探せばいいじゃないですか?」
「……其方は」
「決して、思いつきで言っているのではないですよ」と、カルロスの言葉を遮る。
「私も、カルロスを愛しています。だから一緒に……ずっと、あなたの隣に居させてください。だって、私は魔王のパートナーなんでしょ――」
言い終わる前に、私はもうカルロスの腕の中に引き寄せられていた。
「ああ、パートナーだ。ベアトリーチェ、覚悟するがよい。……私は、絶対に其方を離してやらんからな」
魔王らしい口調で言ったカルロスの言葉は、とても温かいプロポーズだと思った。
だから、私の返事は当然――
「望むところです!」
色気なんて全くないが。それでも、満足そうなカルロスは優しく私を見つめ、唇を落とした。
私の本心からの言葉に、カルロスは「ああ……」と声を震わせる。私の背に腕が回され、ぎゅっと抱きしめられた。カルロスの鼓動が聞こえてくる。
「……ですが」
抱きしめられていた腕の中からスルリと抜け出す。それから、背の高いカルロスを見上げてキッと睨んだ。
「ん? 何だ?」
泣き腫らした目で睨んだところで、滑稽でしかないだろうけど。でも、これは私の覚悟だ。見た目なんて今は気にならない。
「私は『王妃の印』について何も聞いておりません。それも、ちゃんと説明してください!」
正直、先にカルロスからあんな想いを聞かされてしまったら……無条件に全てを受け入れたくなってしまう。
でもね。それはそれ、これはこれ。
何か意図があっての事ならば、きちんと話してほしい。
「……そうだな。言わねばならないな」
「はい」
「だが。もう、印は消えているのだろう?」
カルロスは自身の額に手を当て、苦悩の色を滲ませた。
――やはりカルロスは、印が消えたことを知っていたのだ。
あの空間で、カルロスから分け与えられていた魔力を抑えた時に、鎖骨下にビリビリと変な感じがあった。
そして、私自身の力が発動すると同時に、パチンとゴムで弾かれたみたいな痛みが走り、何も感じなくなったのだ。
寮に戻り、湯浴みを済ませてジゼルを下がらせると、私は鏡の前に立った。バスローブを落とし、身体に魔力を巡らせたが……印が現れることも、鎖骨の下が熱を帯びることもなかった。
私に許可なく入れられた印は、消滅していたのだ。
そもそも、納得して入れられたものではなかったから、それで良かったのかもしれない。
けれど、私の中では……。
安堵よりも、ポッカリと胸に穴が空いたような、何か大切な物を失ってしまった――そんな寂しさの方が大きかったのだ。
だからこそ!
私に対する想いを聞いた今、その印の意味を知りたい。カルロスが、私を必要としてくれるのなら尚更に。
「王妃の印とは、その呼び名の通り。魔王である我が妻に与える印だ。……だが、ベアトリーチェ。其方に与えたのは、本物ではない。それを組み換えた、仮初めの印だった」
仮初め――つまり、その場限りで重要ではない物。
だから、大きな力が外から加わって、簡単に壊れてしまったのか。その意味にズキリと胸が疼いたが、口元にグッと力を入れて尋ねる。
「なぜ、そんな中途半端なものを?」
額から手を下ろしたカルロスは、私の両肩を掴んだ。俯き加減の顔は、私を見ない。長い睫毛で隠れている瞳は、何を映しているのだろうか。
「あの時、其方を守るには……私の力を分け与える必要があった。どれ程、本物を与えたかったか。だが、それを入れてしまったら……」
震える声を抑えるように、カルロスは一呼吸する。
「ベアトリーチェのまま、私と同じ苦しみを背負わなければならなくなる」
「それはいったい――」
「私の妻……魔界の王妃になるという事は、重責を担うだけではない。人として、二度と生まれ変われなくなるのだ。そして、周りの大切な者の生が終わるのを、幾度となく見続けなければならない。永遠の命と聞けば、手を伸ばしたくなる者もいる。だが、それは……気が狂う程の無限の孤独なのだ。そう、狂ってしまえたらどんなに楽か――」
苦しそうに言ったカルロスの手に力が入る。無意識なのだろう。肩の痛みより、話すカルロスの方が痛そうだ。
「其方は、どの人生も輝き懸命に生きていた。辛い時すら、その先に希望を見出して。私の唯一の救い……その笑顔を奪ってしまうなど、どうしてできようか」
――ああ、この人は。
どこまでも、私のことだけを考えているのだ。
「なんだ……」
私の口から言葉がこぼれる。
カルロスは、ビクッと全身を強ばらせた。
肩に置かれたカルロスの手に、自分の手をそっと乗せる。俯いていた顔がやっと私の方を向き、紫と赤の瞳に私が映った。
「……今、何と?」
カルロスは戸惑いを見せた。
「なんだ、そんな事。そう言ったのです」
私の言葉に、信じられないものを見るかのように、目を見開くカルロス。
「私が王妃になれば、カルロスは孤独ではなくなるのでしょう? 私もカルロスと一緒なら、孤独ではありませんし」
「だが! それはっ」
「ええ、わかっています。いえ……正直に言えば、想像もできません。それでも、カルロス。あなたが孤独の中に一人で居るなんて、私は嫌なのです」
「……後悔、するぞ?」
「私を見くびらないでください。生きている限り、後悔なんて付いてまわるのです。同じ後悔するのなら、思うように精一杯進んでその時にします。それでまた、新しい希望の道を探せばいいじゃないですか?」
「……其方は」
「決して、思いつきで言っているのではないですよ」と、カルロスの言葉を遮る。
「私も、カルロスを愛しています。だから一緒に……ずっと、あなたの隣に居させてください。だって、私は魔王のパートナーなんでしょ――」
言い終わる前に、私はもうカルロスの腕の中に引き寄せられていた。
「ああ、パートナーだ。ベアトリーチェ、覚悟するがよい。……私は、絶対に其方を離してやらんからな」
魔王らしい口調で言ったカルロスの言葉は、とても温かいプロポーズだと思った。
だから、私の返事は当然――
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