彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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意識下に於ける自覚的行動②

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「黄色い線までお下がりください」

 肉の綿が詰まった銀色の体躯が、敷かれたレールを辿ってホームに滑り込む。鉛のように重苦しい息遣いが辛気臭い雰囲気を形成する。目下の始業に足並みを揃える行列から一人の影が飛び出し、上記の注意を破った、人混みの中で自殺志願者を見つける困難さに俺は最初、泣き寝入りしかけたが、耳を詰まらせて死を懇願する独特な歩行と、右往左往する瞳の動きから見つけ出すことができた。俺はその手を掴み、人身事故を未然に防ぐ。だが、此方を振り返った自殺志願者の顔は今でも忘れられない。腹を決めた人間の形相は命の恩人をまるで仇とするような殺気に満ち満ちていて、どれだけ打算的な行動であったかを理解した。

 今俺は、黒部がどのような死を迎えるかについて、興味があった。見逃すことはならないと、巡視を始めて三日後のことだった。一人の女子生徒に厳しい叱責を浴びせんとする黒部の荒々しい歩行が、出し抜けに止まる。頭部に通る血管が浮き出して、目や鼻、口から赤黒い血がとめどなく流れ出す。見るに耐えない光景に、出入り口に立っていた俺の方へ、女子バレー部員が波を成して流れ込む。耳をつんざく悲鳴に覆われながら、俺はある一人の女子バレー部員に目を惹かれた。その女子バレー部員は眼前にて黒部が惨たらしい姿に変化していく過程を、微動だにもしないまま目を離さなかったからだ。顔を拝んでみたかったが、このまま波に逆らって立っていると怪我を誘発させると思い、なくなく踵を返す。

 学校の正門に大挙したマスコミの必死さを教室の窓から見下ろしていると、この一件が社会に消費される感覚を肌で感じた。

「すげーなー。まぁ、あんな事件そうそう起きるもんじゃないし。当然か」

 隣の席のクラスメイトが嫌らしい笑みを溢す。俺は、脊髄に蟻が這って歩く不快感に襲われた。体育館で起きた事の顛末に対して、即物的な立ち位置になく、紛れもない当事者だからだ。そして、俺が「白崎彩音」と向き合うきっかけになる、海水浴場にて起きる頭部破裂事件がこれから数ヶ月後に待っていた。
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