彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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ギニーピッグ2 ②

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「今、どのへん?」

 雨の中を歩いている者に向けるべき言葉としては最悪の部類だろう。慰めや励ましの懇情を自ら促すつもりはないが、だからこそ腹立たしく、度し難い。

「もうすぐ着くよ」

 少々ぶっきらぼうに言い捨てて、電話を切った。何故なら、「もうすぐ着くよ」という言葉に偽りはなく、間近に迫った「A」のアパートが視界に入っており、電話でのやり取りは無用の長物だったのだ。

 二階建ての類型的なアパートが掲げる入居募集の張り紙がもはや幾久しい。アパートの屋根の下に入り、ビニール傘を閉じる。手首を何度か返しながら雨粒を振り落とすと、一つ大きく息を吸い込んだ。二階の角部屋が、「A」が入居する部屋である。私は早足で階段を上り、身体の水気を颯爽と切った。

「ピンポーン」
 
 聞き馴染みのある呼び鈴が室内から仄かに聞こえてくる。玄関の扉は十秒足らずで開き始め、私を迎え入れる前の隙間を利用して、「A」が顔を出す。舌を出して戯けるような表情に挑発めいたものを感じた。

「雨、どうだった?」

 わざわざそれを私に尋ねる了見から、苦慮を濯ぐような労いの気持ちがない事が十二分に伝わってくる。

「この通りだよ」

 私は足を上げてズボンの裾を「A」に見せると、忽ち苦い顔をして自室へ目配せした。部屋が汚れる事を嫌ったその所作に、私は遠慮会釈なく軽蔑を送りたい。

「スウェットがあるんだけど、着替えるか?」

 そぞろに頭に手が伸びて、ぼりぼりと表皮を掻きむしった。私の身持ちを尽く「A」に決められる不満が爪の間に溜まる。

「嗚呼、じゃあ着替えさせてもらうよ」

 汚らわしいと判断が下された私は、玄関の三和土でスウェットの到着を待つ。弱り目に祟り目を自称して「A」の対応を悪罵を尽くしてこき下ろすほど、欝勃とした感情は湧いていなかったが、軽微な悪態ならば幾らでもつけそうだ。

「はい、これに着替えて」

 今し方まで買い物袋に眠っていたとしか思えない、白いスウェットの風采は、本来なら私に腕を通される予定など初めからなかったはずだ。何の疑問も抱かないで着替えようとするのは憚られ、私は一言発した。

「いいの? 随分と綺麗だけど」

「勿論だよ。僕が一度でも履いたものを渡すなんて気持ち悪いだろう?」

「A」の気遣いには感謝するが、雨の日に呼び出される事がもとより不快な事なので、釣り合いがとれていない。私はやおらズボンを脱いで下着姿になると、すかさずスウェットを受け取って「A」の部屋に上がる準備を整えた。が、目敏い「A」の指摘はそれだけに留まらなかった。

「足」

 私が靴下を脱ぐと、スウェットを取りに行った道すがらに手中を増やしたタオルが、徐に手渡される。用意周到なのはいいが、ここまで手厚いサポートを施されると、散歩から帰ってきた犬のような気分にさせられた。
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