彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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とある六回忌①

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 出生率減少を嘆くコメンテーターの姿は何度も見てきた。それでも、自分の母校がよもや、他校と合併し閉校になるとは夢にも思わなかったのだ。しかし同時に、今までの積み重ねがもたらした大仰な驚きだったと気付かされる。街頭演説を唾棄するように一瞥し、投票日には胡座をかいて無投票を評する男にしかなし得ない阿呆面だと。だが、母校の憂き目を想ってつらつらと感傷に浸る程度の権利ぐらい許してもらいたい。

 ただ、折り鶴を捧げてその旅立ちを祝うような信心深さはなく、古びた記憶の片隅から掘り起こして郷愁を感じる程度の感傷に過ぎない。閉校による悲哀など、轢死に遭った路上の猫より下だ。

「全然、綺麗だよなぁ」

 同級生の田頭は俺と同じく地元を脱出し損ねた同志であり、廃校となって久しい校内の様子が記録された動画の撮影者だ。

「良かったよ。一桁の間に回ってきてさ」

 一年毎に設けられた墓参りとして、クラスメイトは順繰りに廃校に忍び込む事を約束した。来たる同窓会の席で酒の肴にするつもりなのだろう。もし抜け駆けを考えて、一年の欠番を出せば、非難の的になる事は想像に難くない。

「いつ行くんだよ」

 田頭に続いて、撮影を任されている俺は、うつらうつらと視線を操りながら答える。

「来週? 来月かな?」

 はっきり言って、疫病神を回し合っているかのように怠惰な気分が今の俺を支配していた。母校に後ろ髪を引かれて動画の撮影に乗り出したクラスメイトが教室の中心人物であった事が運の尽きだ。

「今、行かねぇか?」

 テーブルの上に広げたスーパーの惣菜を酒のあてに一杯やる週末の夜が脆く崩れようとしている。

「明るい内に撮ったほうがいいだろ。タイムラプス動画なんだから」

 母校の風景を肝試し代わりにする暗い好奇心と、酒気が符合して誕生する七面倒臭いやり取りの往来に嘆息した。

「つまんねー。もっと楽しもうぜ」

 こうなると手に負えない。俺の器がどれだけ狭いかを汚い言葉を用いて投げ入れられる。

「酔いすぎだ」

 この際、呂律も回らぬぐらい酒を鯨飲させて、気持ちよく眠ってもらった方が始末はいい。だが、出費の面は仮借できないし、アルコール中毒を招く恐れを懸念すれば、残念ながら善処とはいえない選択になる。いっそ、田頭に付き合ってやるほうが角が立たずに済むのかもしれない。

「わかったよ」

 田頭は炭酸で膨れた腹を太鼓のように叩く。やけにご機嫌な音色が鳴ったものだから、興じて頭を叩いてしまった。すると、赤い蜘蛛の巣が張った目を剥いて、間欠泉さながらに奇声を上げる。これには魑魅魍魎も目を覚ました事だろう。準備は万端だ。
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