彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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スギ花粉徹底弾圧隊①

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「僕らは長年、人類たり得る知性がとあるアレルギーによって鈍化させられてきた。それは、子どもの学習期にも大きな影を落とし、ひいては経済活動へにも影響を及ぼす。戦後の高度成長期を抜けた後の我が国家は、遅効性の毒に掛かったように下降していった。原因は明らかであり、それを放置する国の態度は民主主義を語るのに値しない。国民の利益を著しく損なわせてきた彼らに対して、今こそ意思表示する必要があり、今こそチェンソーを手に取るべきなのだ!」

 数学の授業を終えたばかりの気怠さが残る教室の一角で、青柳慶太が熱弁を振るう。その講釈を受ける三人のクラスメイトは、やや過激さを帯びる主張に対して、懐疑的な眼差しや異なる意見の口ずさみを放棄し、首振り人形めいた従順さを見せる。

「この瞬間から、僕らはある集団を組織する。その名も、“スギ花粉徹底弾圧隊”」

 活動方針に違わぬ攻撃性に満ちた題目は、極めて露悪的なものに感じたが、三人は審美眼を働かせないまま鵜呑みにして、青柳慶太の先導に従った。

「僕らのレジスタンスに忌憚はないし、身分に貴賎を設けて上下を付けることもしない」

 啓蒙活動の邪魔になりかねない、風通りの悪い集団ではないことを自称し、門戸を広げて時代のうねりを生むつもりでいた。その一環として、ツイッターなどの情報発信ツールなどを使い、「スギ花粉徹底弾圧隊」の名を認知されようと活動を開始する。

「この一本目が“スギ花粉徹底弾圧隊”始まりだ」

 祖父のほったて小屋に長年眠っていた、古めかしいエンジンチェンソーを片手に、青柳慶太は件の三人を連れて近所の雑木林に来ていた。いつ凶器なって人を襲い出すか分からぬチェンソーの攻撃性は、警察官の巡視の対象となり、口頭での注意に収まらない問題に発展する。そんな危険を孕んでなお、自身が主宰する集団の活動からすれば、些細な問題に落ち着き、開会宣言を行うという強い野心を抱いていた。

「録画はどうだ?」

 青柳慶太は、三人の内の一人に、スギを切り倒す光景の記録を任せており、不備がないかの確認を続け様に二度、行った。

「バッチリだよ」

 勇ましく親指を立て、今から行われる行為を恙無く録画できると後押しする。

「えー、これから、このスギを切り倒します。僕らの活動はここから始まります。皆様の溜飲を代わりに下げさせてもらいます。ご鑑賞あれ」

 カメラに向かってそう宣言すると、チェンソーの歯を回し始めて、立派に太ったスギの幹へやおら近付ける。物々しい喧騒の中、カメラは見所となる衝突の瞬間を捉えようと目一杯に寄り、欝勃と気炎を吐く。

「行くぞ」
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