彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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隣人⑤

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 真っ当だ。思いもよらない爆発を仔細に記憶し、つらつらと話せる方がおかしい。

「当時は様々な報道がされましたけど、どう思われましたか?」

 記憶の糸口を手繰り寄せるように斜め右上に視線を飛ばす。口が尖り、貧乏揺すりを始めると、首を傾げつつ答える。

「テレビとか、ネットを観れるような状況ではなかったですね」

 狂騒の渦中に身を置く人間が、好奇を啄むメディアへ目を向ければ暗澹たる思いを抱いて当然であり、なるべく見ないフリをするのが健康的だ。

「今、思うとどうですか?」

 だが、このままでは実りのない取材になることが明白だ。難詰ぎみに兵藤に問うと、半開きの口から舌先が覗き、唇を湿らせて帰る。そしてそれまでの気楽な口振りとは打って変わって、愚鈍な舌使いで言葉を絞り出し始めた。

「さぁ、どうなんでしょうね。僕はただの被害者ですから。本当に最悪だったとしか言えない」

 作業員の自作自演による自社への復讐だとも報道がなされており、この取材でもって真偽を明らかにしたかった。

「会社への不満や、待遇が」

 私が「会社」という単語を口にした瞬間、兵藤の顔に緊張が走り、これまでの親近感を誘う軽々しさは瞬く間に剥落した。

「貴方も僕を疑っているんですか?」

 会社の評判を落とす行為を意図的に行なったとして、兵藤はガス会社から訴訟を受け、ここ最近になって漸くその訴えが取り下げられたばかりであった。

「……私は」

「はっきり言いますよ。あれはガスボンベが設置された家への嫌がらせですよ」

 そう断言する兵藤の語気の強さから、私の背中に汗が流れ出す。

「どうしてそう思うんですか?」

「噂に聞くところ、あの家は隣人トラブルを抱えていて、警察の厄介になる手前まで行っていたそうですよ」

 胸が引き締まるような感覚に襲われ、返すべき言葉を窮する。

「えーっと、名前はなんだっけかな」

 鼻を触り、顎をさすって、腕に爪を立てた。指の骨を黒鍵のように鳴らし、兵藤は今一度、私を見据える。

「貴方なら分かるんじゃないですか?」

 探る立場から探られる立場に逆転し、見る間に血の気が引いていき、青ざめた顔をぶら下げているのが自分でも分かった。

「神野さんでしたっけ?」

 仔細顔をする兵藤から、全てを握られて穿たれたような気分にさせられた。これ以上のごっこ遊びは首を絞めるだけだと悟り、私は口を開いた。あの一件以来、集まった耳目によって陰湿な行為はパタリと止み、公序良俗に反する隣人の身持ちは蜜を探す蜂のような尻軽な世俗の関心と合わせて、近隣住民から忘れ去られた。だが、ずっと引っかかっていたのだ。あの爆発が本当に兵藤による自作自演でなければ、誰が悪戯を仕掛けたのか。

「ありがとうございます」

 私は半ば強制的に話を切り上げて、頭を深々と下げる。決して忘れることができない顔を明確に思い浮かべながら。
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