彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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秘密の遊び⑧

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 注目を浴びることを何より嫌った。透明人間のような無に等しい存在になることが、生徒の主眼であった。だからといって、他人を疎ましく思っている訳ではない。味気ない帰路に飽き飽きしていたところに、クラスメイトから声を掛けられれば、生徒は確かに浮き足立っていたし、朴訥ながら内心で喜んでいたのだ。だが、このような状況に鉢合わせるとは梅雨も思わず、ひとえに肩を落とすしかなかった。

 登校時の軽々しさとは打って変わって、下校する生徒の足は重りを引きずるように重苦しかった。「気落ち」を体現する生徒を追い立てるように、それは出し抜けに意図せずやってきた。

「プツン」

 ランドセルを背負う為の肩ベルトが金具から外れて、詰め込まれた教科書の重みに右肩が落ちる。突如として夜の帳が降りたかのように目を大きく開き、信じられないといった驚天動地を湛えた。汚れが多く目立ち、綻びも所々に伺えたランドセルは、些細な拍子を拾い上げて力果てる準備は整っていた。生徒がそれをみすみす見逃していたとは思えず、堕落したランドセルの様子を見つめる眼差しに、「恐怖」らしきものが垣間見えた。

「……」

 帰路を歩く生徒の口から吐かれる息はつくづく湿り気を帯び、足運びの愚鈍さと相まって、退廃的な雰囲気が一挙手一投足に現れた。街灯が一つ二つ、月明かりと共に町を照らし出し、冷たい夜風が足元を通り抜けると、木枯らしがよく似合う古めかしいアパートが鎮座まします。不夜城を目前にしたかのように生徒は遠い目をし、吐き気を催す青白い顔をぶら下げる。自宅であるはずの玄関の扉を鉄扉のように扱い、気配の一切を絶った。ランドセルを抱くように持ち、居間に足を踏み入れる。帰宅に際した卑猥な挨拶から背中を向けて、吸い込まれるようにして壁の隅で体育座りになった。

「何を隠してるの」

 抱き込んだランドセルへの態度を見逃さない女の慧眼を前に、生徒はなくなく身体を翻し、疚しさの発端をさらす。

 児童虐待のニュースに伴って上げられる発生件数の按配は、無条件に腹立って仕方がないが、その痛ましさは通り雨のように過ぎ去っていく。ストレスを排する人間の生理として正常な反応と言え、いつまでも胸の内に留意させれば、この世は阿鼻叫喚に溢れて神の救済を待つ他なくなる。

 若い男女の夫婦がまだ分別がつかない児童を叩く蹴るには留まらず、命すら軽んじる惨たらしい虐待のニュースについて、物珍しさから目を白黒させることはなくなった。「またか」と息を吐き捨て、虐待がどうしたらなくなるかを行きずりに考える。産婦人科に精神科医が監修する遺伝子情報のチェックを徹底させ、脳機能の劣化具合を調べるのはどうだろう。虐待を働くきっかけを持つ者には、更正プログラムを当ててもらうのが望ましく、見事にすり抜けてしまった者への対処は、今まで通り保健所が関所となって事にあたる。

 今回、軽微なものは除いて、頭蓋骨の陥没、肋骨粉砕骨折、臓器の損傷がみられた。恐ろしい感情の発露に遭った遺体は、女の幼少期の生活環境や経験に基づき、科学的見知から虐待への対応を改めて図るしかないだろう。
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