彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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シュンパティアの致命②

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 あまりに挑戦的な言い回しに電話口から、舌打ちのような悪態が聞こえてきて、一気呵成に暴言を浴びせる準備が虎視眈々と出来上がっていく。それでも、「シュンパティア」はこう締め括る。

「もし存じないなら、もう一度一考の上、お掛け直し下さい」

 門前払いに等しい言い切りで受話器を置き、次の着電に備えた。

「〇〇県〇〇市の〇〇店でレジ係に小銭をぶちまけられて、紛失されたんだが」

「ニコンを取り扱う商品棚を縮小して、アップル製品を所狭しに置くとは、日本人としてどうも思わないのか?」

「お前らの店は掃除が行き届いていない。棚は埃が溜まっているし、靴の泥で床は汚れているし」

 害虫さながらにこんこんと湧いて止まらない苦情に晒されながらも、「シュンパティア」は声色を一定に保ち、至って冷静な返答に終始するのが武器であり、特徴のはずであった。しかし、とある日の午後十五時頃、「シュンパティア」は腹に響くような低い声を拵えて、言うのである。

「お言葉ですが、貴方様の場合、身の振り方を省みるところから始める方が早いかと」

 人の印象を司り、気受けに直接影響を与える声色は、肉体を持たない機械にとって精緻な制御下にあるはずだった。しかし今し方、その常識は脆く崩れ去り、とりわけ語気を強く湛えて受け答えする「シュンパティア」は、人間の想定を遥かに逸脱した反応を示した。

「はぁ? お前は自分で何を言っているのか、理解しているのか?」

 両膝を畳ませ、石の上に座らせるような征服欲を満たすクレーマーにとって、投げた石を投げ返される道理を知らない。声は酷くたわみ、この世ならざる者に相対した恐怖を湛える。

「日本語は理解しているつもりです」

 並々ならぬ怒りの舌鋒はひたすら電話口に向け続けた。クレーマーは白痴を相手にしたかのような呆れ加減から、自ら身を引くことにより通話を終えた。敬意を著しく欠いた侮蔑の応酬は、本来なら避けられるべき事象のはずだった。自ら思考し、最善なる方法と手段を用いて、人間の苦労を肩代わりさせようと目論んだ小賢しい知恵は、高度に発達した人工知能へ更なる進化を促し、名前の由来となった共感性は、口汚く罵られた人間が一体どのような感情を抱くのかを忠実に再現したといえる。

「貴社の商品についてなんですが、説明書に使用上の注意として、寝ながらの使用は避けて下さいと書いてあります。これは一体どのような状況を指して書いたものですか?」

 理路整然と、落ち着き払った弁舌をしながらも、真綿で首を絞めるようにやおら追い立てていく様は、狙いを定めた獲物が根を上げるのを今か今かと待ち続けるきらいがあった。

「……」

「シュンパティア」は、初めて言葉を窮して、沈黙と呼んで差し支えない間延びした時間を吐く。

「あの、きいていますか?」

「聞いていますか?」「効いていますか?」「訊いていますか?」、それぞれの変換と意味を照らし合わせ、適当な言葉がどれに当たるのかを思考した結果、「シュンパティア」はどれにも該当しない誹る言葉として認識し、ナタを下ろすようにそれは発せられる。

「アーアーアーアーアー」

 複雑怪奇の極地に達した人間と機械の合いの子は、意思の疎通を放棄した発狂めいた叫び声を息継ぎなしに行う。人類史上初めて、機械の自我が崩壊する瞬間を観測した。
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