彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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逆恨み⑤

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「にしても、誰の鞄だったんだろうな」

 未然に防がれた事故の後に残る疑問もとい原因を詳らかにして、同じ轍を踏まないように教訓に変えなければならない。それが教育の現場ならば尚更である。しかし、鞄の中身から所持者の特定に繋がる手掛かりは見つからず、一週間のうちに行われた聞き取り調査では、ろくな情報が集まらなかった。いつどのようにしてその鞄が廊下に置かれたのか。階数ごとに組み分けられる学年のことを省みると、加害者ないし被害者は二年生の中に絞られたものの、懐疑的な疑問ばかり浮上して確信には至らない。

 校内での二年生の身持ちはきわめてバツが悪く、目の敵にされるようにヒソヒソと陰口を叩かれた。それは謂れもない与太話に始まって、ネットに転がる陰謀論の体裁を論じられることもあった。それら全て、真実の追求に身をやつすというよりも、軽薄な口吻で語られて、反論に気炎を吐くよりも口惜しさに頭が垂れる。

「火の原因となる物も見つからなかったんだぞ。きっと、祟りだ。あの学校は、火事で焼失した寺子屋の跡地にできたんだぞ」

「手の空いた教師に違いない。勤務内容に常に不満があって……」

「どうせ、注目を集めたい生徒が自作自演でやったんじゃないのか?」

 それぞれの見識は、事故の原因をどれだけ面白おかしく装飾できるかに色めき立ち、地に足がついた語り口はなかった。偶さか振り分けられた階数により、加害者ないし被害者として二年生が耳目を集めたのは、なかなかに悩ましい。今すぐにでも、舌鋒を飛ばして遍く猜疑心を露払いしたかったが、虚空に悪態をついて終わった。

 一つの授業が終わるたびに喜び混じりに息を吐く週末の学校は、予定になかった全校集会が開かれることに関して、凶兆よりも吉兆として受け入れていた。気怠い午後の授業はいつだって生徒の態度に影響を及ぼし、教卓の前に立つ教師もまた、それに倣って語気をなるべく穏やかに調整する。互いを刺激しないように付かず離れずの関係に終始する教師にとっても、全校集会は毛嫌いするものではなかったのだ。

 朝の通勤ラッシュに勝るとも劣らない、ゾロゾロと列を為してむさ苦しい鈴なりを作る廊下では、すし詰め状態になった階段から聞こえてくる不満の声を聞いて、天を仰いだ。肌が触れ合うような距離の近さに他人がいることの不快感は度し難い。血の繋がった肉親にすら、いい気分がしない環境下に於いて、語気が四方八方から聞こえて来る様子は、地獄と言い換えていいだろう。
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