彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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変身③

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 互いに素性が知れない以上、心の交流を図ろうとすれば、踏み入った問答に繋がり、望まぬ諍いの種を撒きかねない。おべんちゃらんを使って答えた巧言を真正面から捉えて、深刻そうに掘り下げるようとしなかった老齢の反応は、彼にとって喜ぶべきことだろう。

「血の気が多い輩が多いけど、いい奴ばかりだよ」

 居間とおぼしき扉の向こうから、町の雑踏を目の前にしたかのような、騒々しい話し声が廊下まで漏れ聞こえてきている。常に視線が下に向いていた彼も、そぞろに前方を見やり、醸成される陰鬱な雰囲気が顕著になり、目を回した。このような事態を招いたのは彼自身である。無闇矢鱈に怒気を飛ばせば、自業自得だと折檻を受けても文句は言えない。それでも、流木のように流れ着いた彼の行く末を哀れんでやる程度のことは問題ないはずだ。してやるべきだ。

「ただいま」

 老齢が居間の扉を開くのに合わせて、彼は遅々として進まない気分を入れ替え、舞台袖から飛び出す役者のような軽やかさで居間へ飛び込んだ。

「誰それ?」

 ソファーにテーブル、テレビの前に敷かれたペルシャ絨毯と成人を遥か昔に迎えたであろう、成人男性が所狭しに鎮座しており、彼は寸暇に軽妙なる身のこなしを翻した。ペルシャ絨毯の上で、胡座を組んでくつろぐ男が、接吻には好ましくない毒をたしなむ歯茎を剥き出しにし、彼の登場を疎むような態度を見せる。老齢の背後で、天敵を前にした小動物さながらに身を縮めて、死を偽装するように固まった。

「迷子犬にしては大きすぎやしないか、婆さん」

 炯々たる睨みが注がれるこの場を、蛇蝎の如く嫌って逃げ出しても一切不思議ではない彼のバツの悪さが、表情や身体に仕草として現れ、もはや居ても立っても居られない。それでも、踵を返して逃げ出すようなことはしなかった。水が合わないと嘆いたところで、彼には行く宛が他になかったのだ。

「婆さんを責めてやるな。困ってるじゃないか、その子が」

 テーブルの椅子に座して、徐に微笑する長髪の男が、高まりつつあった緊迫感を取り除こうと言葉をあやなす。ペルシャ絨毯の上に灰皿を置き、煙草の煙を神経質に吐き捨てる男は、古着を着崩したような趣のある上下のセットアップに即した気怠さを象り、荒くした鼻息をしずしずと落ち着けていく。そしてら忌々しく彼を睨み付けた眼差しを空目使いして見て見ぬ振りをすれば、今度は舌鋒を彼に向けて放つ。

「手を洗ったらどうだ? 坊主」

 後ろ手に組み、欠点となる右手の所在を隠しているつもりだった。しかし、居間の扉の直ぐ近くに配された姿見によって、おいそれと看破され、彼は勃然と顔を赤くする。
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