彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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変身⑮

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 負い目を孕む瞼と、歪に膨らんだ頬は、以前の顔貌とは似ても似つかない。例え肉親の前に姿を現しても、赤の他人としてすれ違うだけの変貌を遂げている。男の思惑を文字通り体現する彼は、世を忍ぶ成れの果てに相応しい韜晦を得たのだ。男と女性の物々しい単語の列挙に身構えていたが、結局出血が伴うような顔に傷を付けることにはならなかった。リクライニングチェアから起き上がった際に彼は拍子抜けしたものの、手鏡を渡されて反射した自分の顔を見た瞬間、取り返しのつかないことを受け入れてしまったと自覚する。

「じゃあ帰るか」

 軽薄という言葉がよく似合う男の振る舞いにも、彼はついに見慣れてしまい、眉根にシワを作らずに済んだ。蓄膿が顔全体に広がっているかのような重さを感じながら、女性が店を構えるアパートの一室から脱した。老齢の自宅までの道のりは、決して短くはなかったが、夜の帳が下りた町の風景を徒然と眺めていると、時間は圧縮され、まばたきを一回、二回、三回と繰り返しているうちに男が運転する車は路肩に停車する。

「お疲れさん」

 労をねぎらう言葉は空々しく、男の口から発せられると素直に受け取る訳にはいかなかった。人を食ったような今までの身の処し方を鑑みれば、必ずそこには裏があり、嬉々として「お疲れ様です」とオウム返しするのは憚られた。

「はい」

 平坦になるべく感情の襞を込めずに言って、車から降りる。たった一日の出来事であったが、どのような身持ちでいればいいかを大体にして彼は知った。

「お前、アイツに唆されて顔を変えちまったのか?!」

 それは、居室に向かわずに自身の部屋として利用することを許された物置き部屋に向かうまでの道中であった。自室から出てきたと思われる長髪の男と廊下で鉢合わせ、特大の驚きを与えたようだ。

「変ですか?」

 自嘲する彼の悲壮感は目で見るより遥かに実感がこもっており、肌の上からでもそれを享受できる。だが、長髪の男は吹き出すように笑みを溢し、口車に乗せられて見事な変身を遂げた彼に対して、哄笑のあまり目尻に涙まで浮かばせた。

「いや、最高だと思うよ」

 もはや褒め言葉ではない。多くの侮蔑を含んでいた。それでも、怒気が身体に絡み付くような感情の逆立つ感覚はなく、至って平静でいられた。あらゆる万難を経験し、彼は軽微な悪態などに反応するような、か弱さから既に脱していた。

「付き合ってくれよ。ボクにもさ」

 理由は些か分からない。全くもって想定していない親近感を長髪の男に与え、客引きに因んだ軽い誘いが立て続けに起こった。彼はそれを断るだけの材料や言い回しを持っておらず、誰かの背中をついて回る雛鳥に落ち着く。
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