彼岸よ、ララバイ!

駄犬

文字の大きさ
136 / 139

町猫紀行③

しおりを挟む
「あっ」

 ただ、私は安心した。百戦錬磨の撮影者も、我に返った野良猫の前では、尻を追うだけの片想いで終わることがあったのだ。軽やかな身のこなしで塀を登り、決して人間がついてこられない狭小な空間を選んで逃げていく。それはまるで、餌を引っ込められた動物が、人間を見限ったようにも見え、私は少しだけ溜飲を下げる。

「えー、今日は木兎町に来ております」

「町猫紀行」の特徴は、野良猫を写すことだけには留まらない。各地に出向く足軽さは、景色の変化に富み、仕事と自宅を行き来するだけの退屈な日常に新鮮な空気を味わえた。

「早速、発見しました」

 閑静な住宅街に足を伸ばした撮影者の視線の先には、全身を黒い毛並みに覆われた成猫が一匹、衒いなく闊歩している。だが、注視を続けているうちに、成猫の歩き方に違和感を覚えた。右後ろ足が上手く動かないのか。やや重心が偏りがちで、健康な猫の歩き方とは幾ばくか違った。撮影者が背後から、徐々に距離を詰めていくと、気配を察知した黒猫は焦ったように走り出そうとする。それでも、健脚であれば人間を突き放すのに苦労しない俊敏性を見せられるものの、黒猫は全くもって愚鈍であり、高いところへ登ることも出来ない。

「なかなか逃げませんね」

 撮影者は小声でそう言ったが、明らかに足の不調からくる悠然さであった。そのことについて指摘しないまま、カメラのレンズを向け続けている。このことについて、コメント欄で強く指摘されても不思議ではない。そして、仮にその指摘を受けて撮影者の擁護に走ろうものなら、「自作自演」を連想させ、撮影者が如何に節穴であるかを逆説的に証明することになる。

「どうやら、人馴れしているみたいですね」

 木兎町に来てからであった。撮影者が出会う野良猫は尽く、身体のどこかに怪我を負っており、花曇りの空模様も相まって、陰鬱とした雰囲気が動画全体に漂っている。「町猫紀行~木兎町編~」と銘打たれた動画の題名からして、複数回に渡り投稿されると思われ、一視聴者の私は早くこの町を去ってくれと願って止まなかった。

「……」

 暫くすると、撮影者は漸く木兎町の野良猫に起きている異変に気付き始める。カメラは風景ばかり写し気味になり、被写体の魅力を余すことなく伝えるような溌剌さはない。声色は沈潜とし、野良猫の影を視界の端に捉えて尚、カメラを動かす手はひたすら鈍い。空き家や老朽化した一軒家が多く散見される木兎町は、通りがかる住民のほとんどが老齢が占め、幼稚園や保育園、並びに小学校などの子どもを育てる環境が整っておらず、町全体が年老いて退廃的な気分が蔓延していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...