彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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町猫紀行④

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 木兎町を舞台にした動画の再生時間は、録画している時間や編集の切り貼りによって極端に短く、計二本に収まった。あまりに呆気ない町の探索を味気なく思う視聴者は少なくない。コメント欄は編集や撮影の仕方について侃侃諤諤とやり取りを行い、是か非を峻別せねば気が済まない者達はひたすら、書き込みを続けた。動画のコメント数は異様な数字を叩き出し、撮影者が次に出した動画の題名によって、一連の出来事は騒動として受け止められた。

「緊急報告」

 そんな大仰な題目を掲げた撮影者は、スーツを身に纏ってカメラの前に鎮座し、こう宣言するのである。

「この前の木兎町を見てもらった通り、多くの野良猫が傷付いていました。それは悪趣味な人間の手により、意図的に付けられたものだと僕は思います。このようなことを行う人間は許せません。必ず、見つけ出し、捕まえたい」

 鼻息を荒くして、見目なき犯人との邂逅を望み、糾弾しようという欝勃なる血気盛んな意思を標榜した。一連の出来事は全て、直近一週間の間に起き、怒涛の展開に視聴者の耳目を集めた。投稿される時刻も日付も、全て撮影者の気分次第であり、暇があれば更新のボタンを押し、一目散に動画を拝もうと励んだ。その甲斐あって、私は産道から顔を出したばかりの、産声さえままならない、赤児さながらの動画と鉢合わせる。恐らく、私ほど早く動画の存在を気取った人間はいないだろう。きわめて興奮気味な動悸を抱えつつ、動画を再生する為に画面を人差し指で押した。

 闇夜の帳が下りた木兎町と思しき場所で、電柱の陰に隠れて盗撮まがいにカメラを回す撮影者の息遣いが微かに聞こえて来る。野良猫を捉えることに傾注し、縦横無尽に手を動かしていた以前の所作は今はない。ただ目の前には、街灯を嫌って、次から次へと横道にそれていく不祥の背中があった。明らかに人の目を気にした人間の疾しさを体現しており、撮影者が息を潜めて執拗に追う理由は、語られずとも理解できた。

 私は、異様な緊張感に襲われていた。何度も息を深く吸い直しながら、乾いて割れそうな唇を湿らせる。動画の視聴を一度やめて、気分を一新させようという、お茶を濁す行為はしたくなかった。結末を誰よりも早く見たい。そんな決意のもと注視を続けた。すると、私の思いに呼応するかのように、撮影者の鼻息が沸点を超えて激しさを増していく。もはや、飛び掛かってもおかしくないほどの意気込みが、画面越しにありありと伝わってくる。忍び足を心掛けて気配の一切を断つ様は、綱渡りによる恐怖を想起させ、撮影者の一挙手一投足に同調した。
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