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第一部
握手
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不意に目を落とした先で水鏡を見た。その水鏡に映った顔は、ほうれい線が目立ち、日焼けした顔にはシミのようなものも伺える。それは、地に足をつけて生活していた痕跡であり、知らぬ間に積み上げた歳月の上へ立っている事を、再認識させられた。
「ここで少し食べようか」
マイヤーは所謂、「食事処」に俺を連れてきたようだ。店内に入ると、俺の認識と齟齬がない光景が広がっており、安心した。店内のテーブル席に客がそれぞれ座して、調理された料理に舌鼓を打つ。
「エスカルゴの塩焼きと長豚のソーセージを」
何やら聞き慣れない単語を聞いたような気がしたが、今は黙っていよう。
「君の今の気持ちを素直に聴いたところで、僕は混乱するだけだと思う」
マイヤーは至って冷静ながら、俺の話はあくまでも空想上の出来事に過ぎず、まともに取り合ったところで解決には及ばないと言っている。それは間違いない。この世界が実際に存在し、基本とするならば俺の吐く言葉はすべて世迷言になり、如何ともし難い表情を掘り下げるだけだ。
「ただ、カイトウも君と遜色のない事を言っていたから、大層に驚きもしない」
微妙な案配だ。マイヤーに頼り切るのも心許なく、だからといって一切の支援を求めずにこの世界で立ち回る事は考えられない。
「カイトウは何て言っていた?」
「自分で自分を刺した、と」
獄中に送られる前に自決を図り、成功した。だが、この死の前後は一体なんだ。何故、カイトウより後に俺は転生した。延命処置により数日間、生き延びていたならば、なんとも口惜しい。
「最悪だ。最後は自ら命を絶って、逃げやがった」
俺は切歯扼腕する。被害者と加害者の行き先が、同じ場所など神様は一体何を考えている。いや、これは神様が用意してくれたチャンスなのかもしれない。
「行きすがらに腹を刺されて死んだ人生に報いる為に、俺は奴を絶対に殺す」
先刻のマイヤーの言葉を忘れて思わず述懐してしまった。だが、
「カイル、君が言った事が本当ならば、手伝わせて欲しい。月照をまとめるリーダーが、人殺しの男に乗っ取られているとしたら、それは悲劇だ」
極めて強い力で作られた眉間のシワから、身を粉にして打ち込もうとする旺盛な気持ちが伝わってくる。
「ありがとう」
俺は只々それが嬉しくて、柄にもない握手を求め手を差し出した。利己的な考えのもとに結ばれる皮層な友好関係の証を自ら進んで求めてしまった事が気恥ずかしい。一度伸ばしてしまった腕を引き戻すには、少々不恰好な理由作りが必要で、頭を掻くというありふれた所作に帰結しようとした。しかし、マイヤーの両手に包み込まれる。
「やろう。僕たちなら、やれる」
解剖図で見た事がある耳の奥に潜む海馬と瓜二つの肉塊に、オレンジ色のソースが掛かる料理が目の前に置かれた。空腹を調味料にしてもなかなか手を付けようとは思えない見た目である。だからこそ、腸詰めのソーセージがどれだけ食欲をそそる形をしていたのかを改めて思い知らされた。
「腸に肉を詰めて焼く」普遍的な料理ながら、長らく愛されてきた歴史は、決して人を裏切らない。
「食べる?」
マイヤーにソーセージを勧められる。俺はその勧めに従って、無骨な形をするフォークでソーセージを刺した。すると、七色に輝く油がじゅくじゅくと溢れ出す。貧乏性が働き、慌ててソーセージを口の中へ放って、噛み切った。
「ちっ!」
口内で肉汁が弾けて、猫舌を標榜する手合いにない俺でも、思わず温度の如何を叫んでしまった。
「大丈夫かい?」
間もなく大丈夫だと手で合図を送れば、微笑ましそうなマイヤーの顔が覗いて、どれだけ食い意地の張った稚気な振る舞いをしたのか自覚する。ただ、恥を被るだけの味の良さがあり、火傷を負った後悔など微塵も浮かばない。
「おーい、カイル」
「ここで少し食べようか」
マイヤーは所謂、「食事処」に俺を連れてきたようだ。店内に入ると、俺の認識と齟齬がない光景が広がっており、安心した。店内のテーブル席に客がそれぞれ座して、調理された料理に舌鼓を打つ。
「エスカルゴの塩焼きと長豚のソーセージを」
何やら聞き慣れない単語を聞いたような気がしたが、今は黙っていよう。
「君の今の気持ちを素直に聴いたところで、僕は混乱するだけだと思う」
マイヤーは至って冷静ながら、俺の話はあくまでも空想上の出来事に過ぎず、まともに取り合ったところで解決には及ばないと言っている。それは間違いない。この世界が実際に存在し、基本とするならば俺の吐く言葉はすべて世迷言になり、如何ともし難い表情を掘り下げるだけだ。
「ただ、カイトウも君と遜色のない事を言っていたから、大層に驚きもしない」
微妙な案配だ。マイヤーに頼り切るのも心許なく、だからといって一切の支援を求めずにこの世界で立ち回る事は考えられない。
「カイトウは何て言っていた?」
「自分で自分を刺した、と」
獄中に送られる前に自決を図り、成功した。だが、この死の前後は一体なんだ。何故、カイトウより後に俺は転生した。延命処置により数日間、生き延びていたならば、なんとも口惜しい。
「最悪だ。最後は自ら命を絶って、逃げやがった」
俺は切歯扼腕する。被害者と加害者の行き先が、同じ場所など神様は一体何を考えている。いや、これは神様が用意してくれたチャンスなのかもしれない。
「行きすがらに腹を刺されて死んだ人生に報いる為に、俺は奴を絶対に殺す」
先刻のマイヤーの言葉を忘れて思わず述懐してしまった。だが、
「カイル、君が言った事が本当ならば、手伝わせて欲しい。月照をまとめるリーダーが、人殺しの男に乗っ取られているとしたら、それは悲劇だ」
極めて強い力で作られた眉間のシワから、身を粉にして打ち込もうとする旺盛な気持ちが伝わってくる。
「ありがとう」
俺は只々それが嬉しくて、柄にもない握手を求め手を差し出した。利己的な考えのもとに結ばれる皮層な友好関係の証を自ら進んで求めてしまった事が気恥ずかしい。一度伸ばしてしまった腕を引き戻すには、少々不恰好な理由作りが必要で、頭を掻くというありふれた所作に帰結しようとした。しかし、マイヤーの両手に包み込まれる。
「やろう。僕たちなら、やれる」
解剖図で見た事がある耳の奥に潜む海馬と瓜二つの肉塊に、オレンジ色のソースが掛かる料理が目の前に置かれた。空腹を調味料にしてもなかなか手を付けようとは思えない見た目である。だからこそ、腸詰めのソーセージがどれだけ食欲をそそる形をしていたのかを改めて思い知らされた。
「腸に肉を詰めて焼く」普遍的な料理ながら、長らく愛されてきた歴史は、決して人を裏切らない。
「食べる?」
マイヤーにソーセージを勧められる。俺はその勧めに従って、無骨な形をするフォークでソーセージを刺した。すると、七色に輝く油がじゅくじゅくと溢れ出す。貧乏性が働き、慌ててソーセージを口の中へ放って、噛み切った。
「ちっ!」
口内で肉汁が弾けて、猫舌を標榜する手合いにない俺でも、思わず温度の如何を叫んでしまった。
「大丈夫かい?」
間もなく大丈夫だと手で合図を送れば、微笑ましそうなマイヤーの顔が覗いて、どれだけ食い意地の張った稚気な振る舞いをしたのか自覚する。ただ、恥を被るだけの味の良さがあり、火傷を負った後悔など微塵も浮かばない。
「おーい、カイル」
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