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第一部
地続き
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口から酒を垂れているかのような臭いが顔の直ぐ横から漂ってきて、肩に手を置かれる。ふしだらな親近感を強要してくる男の影に、俺はひたすら目の前の料理に視線を留めた。
「おっ、おう」
浮き足立って身の振り方を間違えれば、「カイル」という人間の像が瓦解し、奇異な眼差しを向けられてしまう。ありふれた態度に即してこの場をやり過ごすのが最も後腐れがないはずだ。
「どうしたよ、そんな初々しい反応しやがって」
どうやら俺は、出鼻から間違えてしまったようだ。
「初々しい? そんな事ないだろう」
季節風に倣い、行きずりの機嫌の悪さを宿すためにテーブルへ頬杖をつく。
「オレに借りがある人間の態度とは思えないなぁ」
妙な馴れ馴れしさから、知人である事を想定して軽薄さを装ったのが裏目に出た。男の口調は圧迫感に溢れ、肩に置かれた手は親しき仲による接触ではなかったようだ。
「そう思うだろう? マイヤー」
マイヤーの顔には明らかに、動揺の色が垣間見え、胸を借りて凝然と振る舞うのは悪手だと悟った。「カイル」という人物になりすます努力をするより先に、口が独りでに動く。
「何を言ってんだ。借りなら返したじゃないか」
肩に置かれた男の手をどかして、俺は椅子から立ち上がった。
「あ?」
ほとんど身長差はない。それでも、丸刈りの頭と鋭い目つきから並々ならぬ威圧感を受ける。だが、狼狽して間合いを取ろうなどと、腰の抜けた対応は則さぬと肌で感じた。
「文句でもあんのか」
「それはコッチの台詞だよ」
俺は胸を張って、男と顔を突き合わす。すると男の眉根が緩み、言葉を呑み込む喉仏の動きを見た。
「……まあいい。オレも今は飯を食いに来ただけだからな」
口汚く相手を罵ったことすらない俺が、目下に起こりそうな諍いに対して、全く動揺していなかった。心臓はいつも通りに鼓動し、微かに震える手は、武者振るいと見て相違ない。男が奥の席へ歩いて行ったので、俺も自らの席に腰を落ち着ける。
「大丈夫かい?」
マイヤーは不安げに俺の様子を伺うが、全くもって浮き足立つことがない心情に、俺自身理解できていなかった。
「嗚呼、大丈夫みたいだ」
他人事のように内実を吐露する事でしか、自分が一体どのような人間だったのか掴み切れない。
「出ようか」
俺を慮って早々に食事処から退店する事を提案するマイヤーに、何故だが急に出不精が働く。
「どうして?」
「いや、だって」
マイヤーは自身の背中越しに男を睥睨する。俺は、バツの悪さを理由に退店する事を望んでいなかった。
「ほら、まだ料理が残ってる。食べなきゃ勿体ないだろう」
「……」
絡まれた本人ではなく、赤の他人が殊更に気を遣う奇妙な光景は、先程までゲテモノとして見ていた料理にがっつく姿と相まって、複雑怪奇な空気が流れた。
頼んだ料理を平らげると俺達は文字通り退店する。俺に絡んできた男について、知らぬ存ぜぬと無関心を標榜し、蔑ろにするのは恐らく、この世界で生きていく上で間違っていると言えるだろう。些細な事でも知見にする努力は欠かせない。
「なぁ、アイツは何なんだ」
俺はマイヤーに訊いた。
「君の対応は間違っていないと思うよ。弱みにつけ込んだと勘違いした馬鹿な奴だ」
つまり、毅然とした態度による弊害はないという事か。
「……」
この世界での目標である「復讐」を前に、築かれた生活の基盤に馴染む必要がある。「復讐」を終えた後に、地面が割れて真っ逆さまに落ちていく訳ではないように、太陽があって月があるように、当然のように続く日常を享受する為にも、常にアンテナを張っていかなければならない。
「おっ、おう」
浮き足立って身の振り方を間違えれば、「カイル」という人間の像が瓦解し、奇異な眼差しを向けられてしまう。ありふれた態度に即してこの場をやり過ごすのが最も後腐れがないはずだ。
「どうしたよ、そんな初々しい反応しやがって」
どうやら俺は、出鼻から間違えてしまったようだ。
「初々しい? そんな事ないだろう」
季節風に倣い、行きずりの機嫌の悪さを宿すためにテーブルへ頬杖をつく。
「オレに借りがある人間の態度とは思えないなぁ」
妙な馴れ馴れしさから、知人である事を想定して軽薄さを装ったのが裏目に出た。男の口調は圧迫感に溢れ、肩に置かれた手は親しき仲による接触ではなかったようだ。
「そう思うだろう? マイヤー」
マイヤーの顔には明らかに、動揺の色が垣間見え、胸を借りて凝然と振る舞うのは悪手だと悟った。「カイル」という人物になりすます努力をするより先に、口が独りでに動く。
「何を言ってんだ。借りなら返したじゃないか」
肩に置かれた男の手をどかして、俺は椅子から立ち上がった。
「あ?」
ほとんど身長差はない。それでも、丸刈りの頭と鋭い目つきから並々ならぬ威圧感を受ける。だが、狼狽して間合いを取ろうなどと、腰の抜けた対応は則さぬと肌で感じた。
「文句でもあんのか」
「それはコッチの台詞だよ」
俺は胸を張って、男と顔を突き合わす。すると男の眉根が緩み、言葉を呑み込む喉仏の動きを見た。
「……まあいい。オレも今は飯を食いに来ただけだからな」
口汚く相手を罵ったことすらない俺が、目下に起こりそうな諍いに対して、全く動揺していなかった。心臓はいつも通りに鼓動し、微かに震える手は、武者振るいと見て相違ない。男が奥の席へ歩いて行ったので、俺も自らの席に腰を落ち着ける。
「大丈夫かい?」
マイヤーは不安げに俺の様子を伺うが、全くもって浮き足立つことがない心情に、俺自身理解できていなかった。
「嗚呼、大丈夫みたいだ」
他人事のように内実を吐露する事でしか、自分が一体どのような人間だったのか掴み切れない。
「出ようか」
俺を慮って早々に食事処から退店する事を提案するマイヤーに、何故だが急に出不精が働く。
「どうして?」
「いや、だって」
マイヤーは自身の背中越しに男を睥睨する。俺は、バツの悪さを理由に退店する事を望んでいなかった。
「ほら、まだ料理が残ってる。食べなきゃ勿体ないだろう」
「……」
絡まれた本人ではなく、赤の他人が殊更に気を遣う奇妙な光景は、先程までゲテモノとして見ていた料理にがっつく姿と相まって、複雑怪奇な空気が流れた。
頼んだ料理を平らげると俺達は文字通り退店する。俺に絡んできた男について、知らぬ存ぜぬと無関心を標榜し、蔑ろにするのは恐らく、この世界で生きていく上で間違っていると言えるだろう。些細な事でも知見にする努力は欠かせない。
「なぁ、アイツは何なんだ」
俺はマイヤーに訊いた。
「君の対応は間違っていないと思うよ。弱みにつけ込んだと勘違いした馬鹿な奴だ」
つまり、毅然とした態度による弊害はないという事か。
「……」
この世界での目標である「復讐」を前に、築かれた生活の基盤に馴染む必要がある。「復讐」を終えた後に、地面が割れて真っ逆さまに落ちていく訳ではないように、太陽があって月があるように、当然のように続く日常を享受する為にも、常にアンテナを張っていかなければならない。
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