鞍替えした世界で復讐を誓う

駄犬

文字の大きさ
5 / 42
第一部

地続き

しおりを挟む
 口から酒を垂れているかのような臭いが顔の直ぐ横から漂ってきて、肩に手を置かれる。ふしだらな親近感を強要してくる男の影に、俺はひたすら目の前の料理に視線を留めた。

「おっ、おう」

 浮き足立って身の振り方を間違えれば、「カイル」という人間の像が瓦解し、奇異な眼差しを向けられてしまう。ありふれた態度に即してこの場をやり過ごすのが最も後腐れがないはずだ。

「どうしたよ、そんな初々しい反応しやがって」

 どうやら俺は、出鼻から間違えてしまったようだ。

「初々しい? そんな事ないだろう」

 季節風に倣い、行きずりの機嫌の悪さを宿すためにテーブルへ頬杖をつく。

「オレに借りがある人間の態度とは思えないなぁ」

 妙な馴れ馴れしさから、知人である事を想定して軽薄さを装ったのが裏目に出た。男の口調は圧迫感に溢れ、肩に置かれた手は親しき仲による接触ではなかったようだ。

「そう思うだろう? マイヤー」

 マイヤーの顔には明らかに、動揺の色が垣間見え、胸を借りて凝然と振る舞うのは悪手だと悟った。「カイル」という人物になりすます努力をするより先に、口が独りでに動く。

「何を言ってんだ。借りなら返したじゃないか」

 肩に置かれた男の手をどかして、俺は椅子から立ち上がった。

「あ?」

 ほとんど身長差はない。それでも、丸刈りの頭と鋭い目つきから並々ならぬ威圧感を受ける。だが、狼狽して間合いを取ろうなどと、腰の抜けた対応は則さぬと肌で感じた。

「文句でもあんのか」

「それはコッチの台詞だよ」

 俺は胸を張って、男と顔を突き合わす。すると男の眉根が緩み、言葉を呑み込む喉仏の動きを見た。

「……まあいい。オレも今は飯を食いに来ただけだからな」

 口汚く相手を罵ったことすらない俺が、目下に起こりそうな諍いに対して、全く動揺していなかった。心臓はいつも通りに鼓動し、微かに震える手は、武者振るいと見て相違ない。男が奥の席へ歩いて行ったので、俺も自らの席に腰を落ち着ける。

「大丈夫かい?」

 マイヤーは不安げに俺の様子を伺うが、全くもって浮き足立つことがない心情に、俺自身理解できていなかった。

「嗚呼、大丈夫みたいだ」

 他人事のように内実を吐露する事でしか、自分が一体どのような人間だったのか掴み切れない。

「出ようか」

 俺を慮って早々に食事処から退店する事を提案するマイヤーに、何故だが急に出不精が働く。

「どうして?」

「いや、だって」

 マイヤーは自身の背中越しに男を睥睨する。俺は、バツの悪さを理由に退店する事を望んでいなかった。

「ほら、まだ料理が残ってる。食べなきゃ勿体ないだろう」

「……」

 絡まれた本人ではなく、赤の他人が殊更に気を遣う奇妙な光景は、先程までゲテモノとして見ていた料理にがっつく姿と相まって、複雑怪奇な空気が流れた。

 頼んだ料理を平らげると俺達は文字通り退店する。俺に絡んできた男について、知らぬ存ぜぬと無関心を標榜し、蔑ろにするのは恐らく、この世界で生きていく上で間違っていると言えるだろう。些細な事でも知見にする努力は欠かせない。

「なぁ、アイツは何なんだ」

 俺はマイヤーに訊いた。

「君の対応は間違っていないと思うよ。弱みにつけ込んだと勘違いした馬鹿な奴だ」

 つまり、毅然とした態度による弊害はないという事か。

「……」

 この世界での目標である「復讐」を前に、築かれた生活の基盤に馴染む必要がある。「復讐」を終えた後に、地面が割れて真っ逆さまに落ちていく訳ではないように、太陽があって月があるように、当然のように続く日常を享受する為にも、常にアンテナを張っていかなければならない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

処理中です...