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第一部
徒然なる護衛
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シュミが列挙しようとしていた心構えの一切を拒み、玄関に向かって歩き出す。
「時計塔の馬小屋で待ち合わせですよ!」
聞く耳を持たないトーマスに届かせるようにシュミは声を大にして言った。そんなシュミの姿を気の毒に思いながら、俺とマイヤーはトーマスの背中を追う。
「普段からあんな感じなんですか?」
「さあ、どうなんだろう。でも見るからに不機嫌そうだね」
急場に際したときに、走光性さながらの原始的な感覚に乗っ取って判断が下され、その決定を頑なに守る機運をトーマスの背中から感じた。それはつまり、始末の対立を意味し、袂を分かつ瞬間が来る事は想像に難くない。
「病は気から始まる」言葉の待つ力は甚大だ。悪い予感に気を重くして、トーマスの行動を必要以上に疎めば、如何なる所作も悪く転じてしまう。ならば今は、部屋の留守を甲冑に任せて剣を腰に携える身軽さを喜ぼう。
「気性の荒そうな馬を借りましたね」
開口一番、依頼主に対してトーマスは小言を吐く。足のくるぶしまで伸びる長いローブで頭も覆い隠し、素性に対する徹底した韜晦を施す依頼主に対して、気兼ねない接触を図るトーマスの不敵さはひとえに俺を驚かせる。その気性、性格や重ねた歳月すら伺えない人間を煽るなど、自殺願望を胸に抱く自暴自棄なる意思がなければ出来ない。さすがの俺も見て見ぬふりが出来ず、思わずトーマスの横腹を肘で突くと、絵に描いたような不機嫌な顔をされ、幾ばくかの親身さもコイツには見せるべきではないと悟った。
「野盗に襲われて荷物をみすみす盗まれてしまうより、荷車と一緒に逃げるような馬の気性が欲しいんだ」
依頼主は極めて後ろ向きな考えの元に馬を選んだようである。
「なるほど。貴方は馬に蹴られる覚悟もあるようですね」
依頼主の腹積りをトーマスは素直に称賛した。
「では、行きましょうか」
布を掛けられた荷車が二頭の馬によって牽引されていく。俺達三人は、荷車の後方を固めて、ネズミ一匹侵入を許さぬ厳戒態勢で護衛を始めた。
町を出れば、荷車の往来と人々の歩行によって醸成された轍をなぞる。険しい獣道に逸脱するなどの妙な順路ではないのは、世界を知らない俺にとって、敷設されたレールの上を歩くかのような安心感があった。そして、横並びになるトーマスの欠伸を横目にしても、神経質な舌打ちが飛び出すほどの切迫感がなくて良かった。シュミの言った通り、特別な巡視に追われる危険さはない。野山や木々の囀り、空と地面が接して境界をなす地平線が望めるほどの広大な風景は、邪な思想を持って近付くには苦労するであろう、視界の開け方をしていた。
「少し休みましょうか」
荷車の座席で馬を操る依頼主は、俺達を慮って休息の提案をしてきた。すると、蒸気のように立ち上るトーマスの舌禍が飛び出す気配を感じたマイヤーは、依頼主の気遣いをいち早く汲み取って返す。
「ありがとうございます」
荷車を轍の脇へ止めて、お誂え向きの木立の影に入る。雲一つない快晴なる日差しの下は、汗がつらつらと皮膚を這って降りる暑さがあり、身体を適度に労わらなければならない。
「早く行って、早く帰るほうがいいだろうが」
誰に言うでもない愚痴をたらたらと地面に垂れるトーマスの姿が目に入り、俺はすっかり参った。この男といると、此方まで神経質にならざるを得ない。
「時計塔の馬小屋で待ち合わせですよ!」
聞く耳を持たないトーマスに届かせるようにシュミは声を大にして言った。そんなシュミの姿を気の毒に思いながら、俺とマイヤーはトーマスの背中を追う。
「普段からあんな感じなんですか?」
「さあ、どうなんだろう。でも見るからに不機嫌そうだね」
急場に際したときに、走光性さながらの原始的な感覚に乗っ取って判断が下され、その決定を頑なに守る機運をトーマスの背中から感じた。それはつまり、始末の対立を意味し、袂を分かつ瞬間が来る事は想像に難くない。
「病は気から始まる」言葉の待つ力は甚大だ。悪い予感に気を重くして、トーマスの行動を必要以上に疎めば、如何なる所作も悪く転じてしまう。ならば今は、部屋の留守を甲冑に任せて剣を腰に携える身軽さを喜ぼう。
「気性の荒そうな馬を借りましたね」
開口一番、依頼主に対してトーマスは小言を吐く。足のくるぶしまで伸びる長いローブで頭も覆い隠し、素性に対する徹底した韜晦を施す依頼主に対して、気兼ねない接触を図るトーマスの不敵さはひとえに俺を驚かせる。その気性、性格や重ねた歳月すら伺えない人間を煽るなど、自殺願望を胸に抱く自暴自棄なる意思がなければ出来ない。さすがの俺も見て見ぬふりが出来ず、思わずトーマスの横腹を肘で突くと、絵に描いたような不機嫌な顔をされ、幾ばくかの親身さもコイツには見せるべきではないと悟った。
「野盗に襲われて荷物をみすみす盗まれてしまうより、荷車と一緒に逃げるような馬の気性が欲しいんだ」
依頼主は極めて後ろ向きな考えの元に馬を選んだようである。
「なるほど。貴方は馬に蹴られる覚悟もあるようですね」
依頼主の腹積りをトーマスは素直に称賛した。
「では、行きましょうか」
布を掛けられた荷車が二頭の馬によって牽引されていく。俺達三人は、荷車の後方を固めて、ネズミ一匹侵入を許さぬ厳戒態勢で護衛を始めた。
町を出れば、荷車の往来と人々の歩行によって醸成された轍をなぞる。険しい獣道に逸脱するなどの妙な順路ではないのは、世界を知らない俺にとって、敷設されたレールの上を歩くかのような安心感があった。そして、横並びになるトーマスの欠伸を横目にしても、神経質な舌打ちが飛び出すほどの切迫感がなくて良かった。シュミの言った通り、特別な巡視に追われる危険さはない。野山や木々の囀り、空と地面が接して境界をなす地平線が望めるほどの広大な風景は、邪な思想を持って近付くには苦労するであろう、視界の開け方をしていた。
「少し休みましょうか」
荷車の座席で馬を操る依頼主は、俺達を慮って休息の提案をしてきた。すると、蒸気のように立ち上るトーマスの舌禍が飛び出す気配を感じたマイヤーは、依頼主の気遣いをいち早く汲み取って返す。
「ありがとうございます」
荷車を轍の脇へ止めて、お誂え向きの木立の影に入る。雲一つない快晴なる日差しの下は、汗がつらつらと皮膚を這って降りる暑さがあり、身体を適度に労わらなければならない。
「早く行って、早く帰るほうがいいだろうが」
誰に言うでもない愚痴をたらたらと地面に垂れるトーマスの姿が目に入り、俺はすっかり参った。この男といると、此方まで神経質にならざるを得ない。
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