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閑話休題
うまかろう、まずかろう②
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「にしても、楽しみだなぁ」
馬を借りに行く道中で、トーマスは夢想していた。
「迷い込む以外に、好き好んであの森に近付く奴はいませんからねぇ」
嬉々としてそう語るトーマスには、並々ならぬ自信が垣間見え、私の見解が間違っていない事を人知れず確信した。厩舎では具合の良し悪しを店主から聞きつつ、体のいい馬を二頭選んだ。
「じゃあ行きましょうか」
馬に騎乗し、私はトーマスを先導する。町を出てから数時間が経った頃、辺りには人が通った痕跡がなくなり、馬の足元に草が生い茂る。目印となる案内はないに等しく、漠然とした方角と私の記憶を頼りに進んで行った。暫くして、馬での移動が憚られるほど、周囲に木が増えていき、森と呼んで差し支えない様相を呈す。
「ここからは歩いて行きましょう」
私は、景色の変化に気を配りながら歩む。過去にカスミキノコが自生する場所を見つけたとき、食材の発見に気焔を吐いていた。森の謂れなど一切知らずに立ち入った結果、カスミキノコと偶さか出会い、今日に至るまで魅入られた。迎えに行くほどの傾倒具合は自分自身、驚いているが、採集を依頼した身の上だからこそ、トムの行方が気になって仕方ない。太陽が沈む前に、カスミキノコの採取が行われたかを確認したい。
逸る気持ちをどうにか落ち着けながら、前進する私の足を止めたのは、地面を這って聞こえてくる、苦しみ喘ぐ声であった。
「しい、……るしい」
端々に感じるその息苦しさは、耳をそば立てて注意を向ける方向を定めるだけの危機感を感じた。
「誰かいるのか?」
剣の柄に手をかけながらトーマスは警戒を怠らない。
「助けて、て」
どうも釈然としない。今際の際で発する胴間声にしては切迫感が伝わってこない。私は膝を曲げて視線を下げた。声の出自を明らかにしようと傾注すれば、三メートル先にある草の根を掻き分ける何かを捉えた。私達は摺り足で徐々に距離を詰めていく。カサリカサリと蠢く草を、慎重を期して見下ろせば、茶褐色の長細い体躯で木の枝に擬態して人を襲う、双頭の大蛇がとぐろを巻いて鎮座していた。伝聞によれば、左右の頭はそれぞれ意思があり、記憶の混濁をもたらす毒牙と言語を操りもすると聞いた。
すかさず腰の剣を鞘から抜いたトーマスは、淀みない踏み込みから双頭の断頭に試みる。だが大蛇は、体躯をうねらせて、振り下ろされる切先をやり過ごした上、その反動でトーマスの顔に尻尾を見舞った。
「?!」
人間を手玉に取る大蛇の動きに面食らったトーマスは、軽はずみな攻勢を思い直して距離を取る。
「どうしたの? 痛い、痛い」
大蛇が声を発する奇妙な光景に、私も肝を冷やした。
「無視しましょう」
トーマスの判断は正しい。出会う生物すべてと向き合っていては、日が暮れてより風向きが悪くなる。小走りでカスミキノコの元へ向かおうと数メートル進んだ先で、この森に於いて最も出会っていけない存在と鉢合わせてしまう。ギークゴリラである。
全長二メートルを有するギークゴリラの迫力は、太い血管を走らせる丸太ほどの腕や、人の胴体と引けを取らぬ足が支えていた。背中を見せて逃げ出せば、あえなく捕まり、四肢を生きたまま千切られる姿が頭に浮かぶ。つまり、今この場でギークゴリラと正面切って争わなければ生き残る術はない。トーマスもまた、私と同じような考えの元に抜いた剣を勇ましく構えていた。
馬を借りに行く道中で、トーマスは夢想していた。
「迷い込む以外に、好き好んであの森に近付く奴はいませんからねぇ」
嬉々としてそう語るトーマスには、並々ならぬ自信が垣間見え、私の見解が間違っていない事を人知れず確信した。厩舎では具合の良し悪しを店主から聞きつつ、体のいい馬を二頭選んだ。
「じゃあ行きましょうか」
馬に騎乗し、私はトーマスを先導する。町を出てから数時間が経った頃、辺りには人が通った痕跡がなくなり、馬の足元に草が生い茂る。目印となる案内はないに等しく、漠然とした方角と私の記憶を頼りに進んで行った。暫くして、馬での移動が憚られるほど、周囲に木が増えていき、森と呼んで差し支えない様相を呈す。
「ここからは歩いて行きましょう」
私は、景色の変化に気を配りながら歩む。過去にカスミキノコが自生する場所を見つけたとき、食材の発見に気焔を吐いていた。森の謂れなど一切知らずに立ち入った結果、カスミキノコと偶さか出会い、今日に至るまで魅入られた。迎えに行くほどの傾倒具合は自分自身、驚いているが、採集を依頼した身の上だからこそ、トムの行方が気になって仕方ない。太陽が沈む前に、カスミキノコの採取が行われたかを確認したい。
逸る気持ちをどうにか落ち着けながら、前進する私の足を止めたのは、地面を這って聞こえてくる、苦しみ喘ぐ声であった。
「しい、……るしい」
端々に感じるその息苦しさは、耳をそば立てて注意を向ける方向を定めるだけの危機感を感じた。
「誰かいるのか?」
剣の柄に手をかけながらトーマスは警戒を怠らない。
「助けて、て」
どうも釈然としない。今際の際で発する胴間声にしては切迫感が伝わってこない。私は膝を曲げて視線を下げた。声の出自を明らかにしようと傾注すれば、三メートル先にある草の根を掻き分ける何かを捉えた。私達は摺り足で徐々に距離を詰めていく。カサリカサリと蠢く草を、慎重を期して見下ろせば、茶褐色の長細い体躯で木の枝に擬態して人を襲う、双頭の大蛇がとぐろを巻いて鎮座していた。伝聞によれば、左右の頭はそれぞれ意思があり、記憶の混濁をもたらす毒牙と言語を操りもすると聞いた。
すかさず腰の剣を鞘から抜いたトーマスは、淀みない踏み込みから双頭の断頭に試みる。だが大蛇は、体躯をうねらせて、振り下ろされる切先をやり過ごした上、その反動でトーマスの顔に尻尾を見舞った。
「?!」
人間を手玉に取る大蛇の動きに面食らったトーマスは、軽はずみな攻勢を思い直して距離を取る。
「どうしたの? 痛い、痛い」
大蛇が声を発する奇妙な光景に、私も肝を冷やした。
「無視しましょう」
トーマスの判断は正しい。出会う生物すべてと向き合っていては、日が暮れてより風向きが悪くなる。小走りでカスミキノコの元へ向かおうと数メートル進んだ先で、この森に於いて最も出会っていけない存在と鉢合わせてしまう。ギークゴリラである。
全長二メートルを有するギークゴリラの迫力は、太い血管を走らせる丸太ほどの腕や、人の胴体と引けを取らぬ足が支えていた。背中を見せて逃げ出せば、あえなく捕まり、四肢を生きたまま千切られる姿が頭に浮かぶ。つまり、今この場でギークゴリラと正面切って争わなければ生き残る術はない。トーマスもまた、私と同じような考えの元に抜いた剣を勇ましく構えていた。
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