鞍替えした世界で復讐を誓う

駄犬

文字の大きさ
上 下
28 / 42
第二部

逆手

しおりを挟む
 標的の不意をつくには、習慣化した行動を知る事だ。朝起きて歯を磨き、体裁の為に寝間着から制服へ着替え、登校の途に就く。これほど単純な生活習慣であれば、闇夜の礫となって背後を取る事は容易いだろう。しかし、鞍替えした世界の生活習慣を察するには、少々時間を要する。

「張り込みか……」

「なんだって?」

 今世にそぐわない言葉の数々は、意識を注ぐ先にかまけて魔が差した瞬間を見計らい、何の躊躇もなく口から飛び出て行く。口を覆って隠し、言葉の意味についてあからさまな忌避を見せれば、立場を失うきっかけになるかもしれない。あくまでも毅然に振る舞い、自分の耳を疑わせるような首尾一貫した態度に身を投じれば、付け焼き刃の虚けた顔がそぞろに形成された。

「ん? 何も言ってないけど」

「あぁ、そう」

 もはや問い詰めて言葉の意味を追うことすら面倒だと言いたげなリーラルの顔は、今の俺にとって何より大事であった。

 動きは思っていたより愚鈍だ。人の出入りが非常に少なく、関節に降りた霜を何度も払い落とす。暫くすると陽が落ちてきて、欠伸をするように地面の影が伸び始める。俺達にとって、これからが最も大事な時間になる。夜目を利かせて巡視を続ける理由に、暗がりに乗じた不可視の奇襲があり、予行演習を兼ねて順応するのにお誂え向きの環境下だ。

 五感を研ぎ澄まし、物音を鋭敏に拾おうと試みれば、あまりの森閑とした雰囲気に粟立った。海の底で耳を澄ましているかのような感覚に陥り、仮に一人で事に臨んだとすると、自分の立ち位置を見失って、右往左往してしまいそうだ。

「……」

 不用意に口も開けない為、リーラルの気配を右半身に捉えつつ、針に糸を通すかのような目の凝らし具合で前方に注意を向けていれば、それはゆくりなくやってきた。

「おまえら、何やってんだ」

 目前にばかり傾倒し、背後から声を投げられる事など頭の片隅にもなかった。ゴキブリが足元を通り過ぎたかのような驚き加減に飛び退こうとした矢先、硬質な物体が俺の頭を捉えた。氷が割れる冷たい感覚が全身に広がり、いつの間にか地面へ横たわっていた。辛うじて繋ぎ止めている意識は、指先を動かそうと身を粉にして働きかけるが、電気信号の一切を受け付けない。

「運ぶぞ」

 剥製の身体に生首を置いたかのような酷い感覚は、嘔吐反射からも愛想を尽かされた。間欠的に上下を繰り返す視界は、肩に担がれて拐かされる際の有無を言わさない強行感に満ちている。

 今や見慣れてしまった、ろうそく灯の光が屋内へ連れてこられた事を明示する。手荒な扱いにも慣れてきたところだが、縄で身体の自由を奪われる先々に待っているかもしれない、時代錯誤な拷問が頭に浮かび、俺は悴んだ指先を必死に動かそうとした。しかし、無駄な足掻きだと悟るのにそう時間は掛からなかった。

「なぁ、これで手打ちにしよう。言いたかないが、腐っても月照の団員が闇討ちまがいの事をすれば、その看板に泥を塗った上、除名は避けられないぞ」

「……」

 自身の行動を棚に上げて、慈悲深さに酔った顔付きをする彼の態度とは、縄で安全を確保したからこそ出来る、立場の特権であった。

「おれは別に、あんたを恨んでいる訳ではないし、好き好んで手を上げたつもりはない。ただ、間が悪かっただけ。これからは、互いに接点を持つ事はない。そうだろう?」

 冒険団という組織に帰属しない当事者同士の揉め事として処理し、これ以上の厄介事を露払いしたいのだろう。俺が我関せずにいると、髪を粗野に掴み、野性味溢れる威嚇に出た。

「いつまで黙っているつもりだ」
しおりを挟む

処理中です...