3 / 149
第一部
号令
しおりを挟む
「助けてくれ! ひ、人が倒れて……」
猿芝居もいいところだ。だが、迫真に迫った俺の所作は、相手を丸め込むだけの力強さがあったようだ。
「どこに?」
俺はすかさず半身になって、後ろを振り返りつつ指差した。蝋燭灯の薄弱さは人が倒れている姿を有耶無耶にしかけ、それを捉えるには殊更に目を凝らす必要があった。眉間にシワを寄せ、瞬きを一つしたのち、二度目の注視によって漸く、第一発見者を装った甲斐が生まれる。
「何があった?!」
俺は花開きそうな笑みを必死に噛み砕きながら、次の言葉を探そうとした瞬間、
(皆、大広間に集まるんだ)
耳を介さず頭の中に低い男の声が響き渡った。それは思考に割って入り、先刻の立ち振る舞いを忘れて、思わず疑問を溢す。
「なんだこれ」
俺はどこを見るべきなのかも定まらず、キョロキョロと視線を四方八方に飛ばした。
「号令だよ」
起きた現象との距離感を測りかねていた俺とは相反し、あくまでも平静な男の態度こそ見習うべきもので、襟を正すように身持ちを顧みた。
「行こうか」
偶さか鉢合わせた男の背中は頼もしく、お門違いな方角を向いて歩き出さずに済む。しずしずと施しを受けるようにへつらい、舎弟さながらの小賢しさを拵えれば、不意に声を掛けられてバツが悪くなる機会を遠ざけるはずだ。
身体がやけに軽くなり、視野も広がった。すると、およそ日本で見る事がない石造りの厳かな内装に気付く。職人一人一人が真心を込めた壁の仔細な模様は、蝋燭灯によって僅かに甘受できるものの、その垂らした汗水に見合わぬ軽々しさでもって見送った。何故なら、目に映る全てが新鮮で、まじまじと一点を見つめるより、気もそぞろにあらゆる場所に視線を飛ばす方が遥かに有意義だったからだ。山の一角を切り取って荘厳に鎮座する立派な城郭が頭に浮かぶほど、足音がこだまする。
「凄いな……」
俺はなるべく声を落とし、目の前の水先案内人に届かぬようにしながら、感嘆の言葉を捧げる。海外の旅行ツアーに組み込まれた城郭の見学めいた雰囲気が醸成され、先刻に起きた事など度外視して目の前の光景を楽む。歩き出してから正味、五分程度だろうか。螺旋に形作られた階段にたどり着いて、俺は手摺の補助を借りて下っていく。
「ほら、もう集まってる」
鏡開きのように反対側にも螺旋階段が備えられており、ぞろぞろと人が下りてくる姿がそこにはあった。左右の螺旋階段の合流先として、大広間と呼んで差し支えない息を呑む空間が横たわる。等間隔に並んだ樹木のような太い柱が、天井を奥へと押しやり、欠点になりがちな光源の問題を自発的に発光する事で穴を埋めている。大気の悠然とした動きは、奥行きと高さに伴って重々しさが横たわり、伺いを立てるように空目した。
「集まったね」
地を這うような低く艶のある声は、まさしく頭の中で聞いた声そのものであり、列を成す群衆に俺は足並みを揃える。
「君達、気付いていないとは言わせないぞ」
高圧的な物言いに誰もが口をつぐんだ。意思の疎通を図るまでもなく、皆一様に脇を締め、顎を引き、背筋をピンと張った。集団を率いる顔役の威圧感が、周囲の人間を介して伝わってくる。
猿芝居もいいところだ。だが、迫真に迫った俺の所作は、相手を丸め込むだけの力強さがあったようだ。
「どこに?」
俺はすかさず半身になって、後ろを振り返りつつ指差した。蝋燭灯の薄弱さは人が倒れている姿を有耶無耶にしかけ、それを捉えるには殊更に目を凝らす必要があった。眉間にシワを寄せ、瞬きを一つしたのち、二度目の注視によって漸く、第一発見者を装った甲斐が生まれる。
「何があった?!」
俺は花開きそうな笑みを必死に噛み砕きながら、次の言葉を探そうとした瞬間、
(皆、大広間に集まるんだ)
耳を介さず頭の中に低い男の声が響き渡った。それは思考に割って入り、先刻の立ち振る舞いを忘れて、思わず疑問を溢す。
「なんだこれ」
俺はどこを見るべきなのかも定まらず、キョロキョロと視線を四方八方に飛ばした。
「号令だよ」
起きた現象との距離感を測りかねていた俺とは相反し、あくまでも平静な男の態度こそ見習うべきもので、襟を正すように身持ちを顧みた。
「行こうか」
偶さか鉢合わせた男の背中は頼もしく、お門違いな方角を向いて歩き出さずに済む。しずしずと施しを受けるようにへつらい、舎弟さながらの小賢しさを拵えれば、不意に声を掛けられてバツが悪くなる機会を遠ざけるはずだ。
身体がやけに軽くなり、視野も広がった。すると、およそ日本で見る事がない石造りの厳かな内装に気付く。職人一人一人が真心を込めた壁の仔細な模様は、蝋燭灯によって僅かに甘受できるものの、その垂らした汗水に見合わぬ軽々しさでもって見送った。何故なら、目に映る全てが新鮮で、まじまじと一点を見つめるより、気もそぞろにあらゆる場所に視線を飛ばす方が遥かに有意義だったからだ。山の一角を切り取って荘厳に鎮座する立派な城郭が頭に浮かぶほど、足音がこだまする。
「凄いな……」
俺はなるべく声を落とし、目の前の水先案内人に届かぬようにしながら、感嘆の言葉を捧げる。海外の旅行ツアーに組み込まれた城郭の見学めいた雰囲気が醸成され、先刻に起きた事など度外視して目の前の光景を楽む。歩き出してから正味、五分程度だろうか。螺旋に形作られた階段にたどり着いて、俺は手摺の補助を借りて下っていく。
「ほら、もう集まってる」
鏡開きのように反対側にも螺旋階段が備えられており、ぞろぞろと人が下りてくる姿がそこにはあった。左右の螺旋階段の合流先として、大広間と呼んで差し支えない息を呑む空間が横たわる。等間隔に並んだ樹木のような太い柱が、天井を奥へと押しやり、欠点になりがちな光源の問題を自発的に発光する事で穴を埋めている。大気の悠然とした動きは、奥行きと高さに伴って重々しさが横たわり、伺いを立てるように空目した。
「集まったね」
地を這うような低く艶のある声は、まさしく頭の中で聞いた声そのものであり、列を成す群衆に俺は足並みを揃える。
「君達、気付いていないとは言わせないぞ」
高圧的な物言いに誰もが口をつぐんだ。意思の疎通を図るまでもなく、皆一様に脇を締め、顎を引き、背筋をピンと張った。集団を率いる顔役の威圧感が、周囲の人間を介して伝わってくる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる