21 / 149
第一部
この異世界は
しおりを挟む
「コン、コン」
来訪者の礼節に即した扉を叩く音が、暗夜の礫となって飛んできた。俺達の首を締めんと画策する「バエル」魔の手が、確実にそこまで迫ってきているという、強迫観念に襲われた。
「コン、コン」
猜疑心に手引きされる取り越し苦労ならば、喜んで受け入れて杞憂を楽しむつもりだ。俺とベレトは、目も合わせず、言葉を交わす事すらしないまま足並みを揃えている。
「コンコン」
まるで列を成した公衆便所の憂いを連想させる執拗な扉を叩く音は、焦燥が滲み、反応を頂くまで手を止めぬ勢いがあった。
「……どうする?」
俺はなるべく声を潜めてベレトに訊いた。
「仕方あるまい」
諦念を感じさせる語気でベレトは扉に向かって手をかざす。目で捉えられないが、風を巻いて動くそれは、扉を壊すだけの力強さを有しており、濁流が押し寄せるかのような不穏な音と共に扉は木屑となった。その先では、廊下の壁にもたれる人間が一人、覗く。
「……」
起爆装置の点火を嫌った足の運びで徐に俺達は機能不全に陥ったと見られる人間のもとへにじり寄った。バエルに遣わされた者が一人だけとは限らない。慎重に物事を運ぶ事は決して過大な憂慮にならず、気もそぞろに辺りを見回すような小胆さも、まごつく歩調の正当性を担保する。
「触れるなよ」
ベレトは何が起きてもおかしくないと、俺の狭窄な視野を広げた。
「どうしたものか」
腰を下ろし、一寸先で虚脱した人間と視線を合わせながら、今後の機運を図りかねていると突然、部屋の扉が閉じた。それは風や地震などのなるべくしてなった開閉ではない。意図を多分に含んだ扉の閉まり方で、廊下へと拐かされたのだ。何かが起きている。そう身構えた直後、左右に開けた廊下が折り畳まれるようにして道は閉ざされ出す。
「ベレト!」
藁にもすがる思いでベレトを呼んだものの、俺達はやむなく鳥籠さながらの四角い空間に囚われる。
「……」
手も足も出ないといった具合に聞き耳を立てるベレトの様子から、俺も騒ぎ立てるのを止め、事態の行方を静観した。すると間も無くして、四方の壁が折り紙のように倒れていき、蝋燭灯とは比べ物にならない松明の灯りが目前の景色を明朗にした。
「ベレトにレラジェ。ようこそ、我が城へ」
王座と呼んで相応しい椅子の装飾は、そこに座る者の位を表し、俺達の名前を平然と呼ぶ目の前の相手こそ、「バエル」という脅威そのものであった。ただし、無為に言語の垣根を超えてきた今までとは打って変わり、舌使いや発声に付き纏う不安が一切なかった。鏡の前で繰り返し見てきて、慣れ親しんだ蒙古襞や鼻の低さなど、アジア人特有の顔貌に起因した、卑近なる感情が介在し、けたいの知れない相手との顔合わせを必要以上に恐れなかった。
「ところでお二方、つかぬことを訊くが力を貸してくれないか?」
だからこそ、助力を求める姿勢にそれほど忌避感がなく、思わず耳を傾けてしまう。そして、バエルは続けて言う注進は、今置かれている異世界の状況を端的に言い表した。
「この世界を救う為に」
来訪者の礼節に即した扉を叩く音が、暗夜の礫となって飛んできた。俺達の首を締めんと画策する「バエル」魔の手が、確実にそこまで迫ってきているという、強迫観念に襲われた。
「コン、コン」
猜疑心に手引きされる取り越し苦労ならば、喜んで受け入れて杞憂を楽しむつもりだ。俺とベレトは、目も合わせず、言葉を交わす事すらしないまま足並みを揃えている。
「コンコン」
まるで列を成した公衆便所の憂いを連想させる執拗な扉を叩く音は、焦燥が滲み、反応を頂くまで手を止めぬ勢いがあった。
「……どうする?」
俺はなるべく声を潜めてベレトに訊いた。
「仕方あるまい」
諦念を感じさせる語気でベレトは扉に向かって手をかざす。目で捉えられないが、風を巻いて動くそれは、扉を壊すだけの力強さを有しており、濁流が押し寄せるかのような不穏な音と共に扉は木屑となった。その先では、廊下の壁にもたれる人間が一人、覗く。
「……」
起爆装置の点火を嫌った足の運びで徐に俺達は機能不全に陥ったと見られる人間のもとへにじり寄った。バエルに遣わされた者が一人だけとは限らない。慎重に物事を運ぶ事は決して過大な憂慮にならず、気もそぞろに辺りを見回すような小胆さも、まごつく歩調の正当性を担保する。
「触れるなよ」
ベレトは何が起きてもおかしくないと、俺の狭窄な視野を広げた。
「どうしたものか」
腰を下ろし、一寸先で虚脱した人間と視線を合わせながら、今後の機運を図りかねていると突然、部屋の扉が閉じた。それは風や地震などのなるべくしてなった開閉ではない。意図を多分に含んだ扉の閉まり方で、廊下へと拐かされたのだ。何かが起きている。そう身構えた直後、左右に開けた廊下が折り畳まれるようにして道は閉ざされ出す。
「ベレト!」
藁にもすがる思いでベレトを呼んだものの、俺達はやむなく鳥籠さながらの四角い空間に囚われる。
「……」
手も足も出ないといった具合に聞き耳を立てるベレトの様子から、俺も騒ぎ立てるのを止め、事態の行方を静観した。すると間も無くして、四方の壁が折り紙のように倒れていき、蝋燭灯とは比べ物にならない松明の灯りが目前の景色を明朗にした。
「ベレトにレラジェ。ようこそ、我が城へ」
王座と呼んで相応しい椅子の装飾は、そこに座る者の位を表し、俺達の名前を平然と呼ぶ目の前の相手こそ、「バエル」という脅威そのものであった。ただし、無為に言語の垣根を超えてきた今までとは打って変わり、舌使いや発声に付き纏う不安が一切なかった。鏡の前で繰り返し見てきて、慣れ親しんだ蒙古襞や鼻の低さなど、アジア人特有の顔貌に起因した、卑近なる感情が介在し、けたいの知れない相手との顔合わせを必要以上に恐れなかった。
「ところでお二方、つかぬことを訊くが力を貸してくれないか?」
だからこそ、助力を求める姿勢にそれほど忌避感がなく、思わず耳を傾けてしまう。そして、バエルは続けて言う注進は、今置かれている異世界の状況を端的に言い表した。
「この世界を救う為に」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる