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第二部
失笑
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「……くッ」
何やら鼻で笑ったような声が耳に入ってきたが、今の俺にとって些細なこと。この決死なる行為を首尾よく終わらせることに執する。分厚くなった皮膚の感覚は汚れが落ちているかの差異も判らない。ただ、外に出て子どものように騒いで土煙の中を遊び呆けた訳でもない為、タオルで拭うだけで事足りるはずだ。
「ヨシ!」
俺はそそくさと異世界に相応しくない服を履き直し、召喚士のローブを再び羽織った。
「それでは、食事にでも行きましょうか」
本分を忘れかけていた。そうだ。エチケットとして身体を泣く泣く拭ったのだ。スタートラインに立つまでの苦難から、ガスの有り難みと実家を恋しく思ったが、変化に乏しかった日常を生きるより遥かに有意義で生きた心地がする。
支度を済ませた出不精な息子が首根っこを掴まれるように、俺の身体は不自由に陥る。
「またこれですか」
目蓋は気怠げに落ちて、操り人形の憂鬱を思い知らされる。
「これもバエル様からの指示なんで」
バエルは随分とまどろっこしい信頼関係を築こうとしている。柱の序列は力の差を直裁に表しており、造作もなく俺達を従わせられるはずだ。にも関わらず、その方法を頑なに避ける了見とは、同じ世界の出身者としての馴染み深さを信じてのことか。
「そんなに疑心暗鬼にならないで下さい。バエル様は貴方方と力を合わせて世界に平和をもたらしたいのです」
「どうしてそこまでの愛着をこの世界に抱くんだ」
ベレトが知らぬ存ぜぬを通そうと地盤を固めに励んだのは、合理的で現実に即した考え方に違いない。一方のバエルは、浮世離れした英雄的思想によって異世界と向き合っている。
「それは……」
アイの顔はくぐもり、喉に詰まった無骨な言葉のシルエットを口が形作る。
「分からないか。なら、俺にも分からぬ道理だな」
一つ言えることは、あまりに不器用なやり方で俺達と向き合い、「信頼」という名のハリボテを拵えようとしている。それに関して、俺は土台無理だと唾棄するつもりはない。世界を股にかける稀有な存在が周囲にいることは、今の俺には心強い。
地下から一階に上がり、廊下を暫く進んでいると城に付き物の高い天井に開放感のある広間に出た。そして、人間の背丈を優に超える観音開きの鉄扉が眼前に現れる。持ち上げて外せる古めかしい錠前をアイはやおら取り外し、二枚あるうちの一枚に体重をかけて押し開いていく。隙間から外気と共に日差しが差し込んで、長らく浴びていなかった日光の温かみを感じる。不意に広がる鼻の穴は横隔膜がご機嫌になった証であり、不揃いに閉じかける目蓋の動きは光に満ちた世界へ順応する前の肩鳴らしである。
やがて、大きく窄んだ瞳孔が羽を伸ばし、緑豊かな広々とした庭の光景を映す。鑑賞を強要するように波打った石畳の意向に沿って、俺は樹齢を重ねた幹の太い木々などに目移りさせながら、敷地の顔となる立派な門の前に立った。不届き者を寄せ付けぬ高さと、鋭利な突端が上部に備え付けられ、邪な考えは全てこの牙城に剥落するはずだ。
「ヨイショ」
アイはあからさまに門の重さを計るように声を出す。手伝おうと思ったが、彼女の制御下にある身体は言うことを聞かず、門が開くのをぽつねんと待つ。
「さぁさぁ、行きますよ」
何やら鼻で笑ったような声が耳に入ってきたが、今の俺にとって些細なこと。この決死なる行為を首尾よく終わらせることに執する。分厚くなった皮膚の感覚は汚れが落ちているかの差異も判らない。ただ、外に出て子どものように騒いで土煙の中を遊び呆けた訳でもない為、タオルで拭うだけで事足りるはずだ。
「ヨシ!」
俺はそそくさと異世界に相応しくない服を履き直し、召喚士のローブを再び羽織った。
「それでは、食事にでも行きましょうか」
本分を忘れかけていた。そうだ。エチケットとして身体を泣く泣く拭ったのだ。スタートラインに立つまでの苦難から、ガスの有り難みと実家を恋しく思ったが、変化に乏しかった日常を生きるより遥かに有意義で生きた心地がする。
支度を済ませた出不精な息子が首根っこを掴まれるように、俺の身体は不自由に陥る。
「またこれですか」
目蓋は気怠げに落ちて、操り人形の憂鬱を思い知らされる。
「これもバエル様からの指示なんで」
バエルは随分とまどろっこしい信頼関係を築こうとしている。柱の序列は力の差を直裁に表しており、造作もなく俺達を従わせられるはずだ。にも関わらず、その方法を頑なに避ける了見とは、同じ世界の出身者としての馴染み深さを信じてのことか。
「そんなに疑心暗鬼にならないで下さい。バエル様は貴方方と力を合わせて世界に平和をもたらしたいのです」
「どうしてそこまでの愛着をこの世界に抱くんだ」
ベレトが知らぬ存ぜぬを通そうと地盤を固めに励んだのは、合理的で現実に即した考え方に違いない。一方のバエルは、浮世離れした英雄的思想によって異世界と向き合っている。
「それは……」
アイの顔はくぐもり、喉に詰まった無骨な言葉のシルエットを口が形作る。
「分からないか。なら、俺にも分からぬ道理だな」
一つ言えることは、あまりに不器用なやり方で俺達と向き合い、「信頼」という名のハリボテを拵えようとしている。それに関して、俺は土台無理だと唾棄するつもりはない。世界を股にかける稀有な存在が周囲にいることは、今の俺には心強い。
地下から一階に上がり、廊下を暫く進んでいると城に付き物の高い天井に開放感のある広間に出た。そして、人間の背丈を優に超える観音開きの鉄扉が眼前に現れる。持ち上げて外せる古めかしい錠前をアイはやおら取り外し、二枚あるうちの一枚に体重をかけて押し開いていく。隙間から外気と共に日差しが差し込んで、長らく浴びていなかった日光の温かみを感じる。不意に広がる鼻の穴は横隔膜がご機嫌になった証であり、不揃いに閉じかける目蓋の動きは光に満ちた世界へ順応する前の肩鳴らしである。
やがて、大きく窄んだ瞳孔が羽を伸ばし、緑豊かな広々とした庭の光景を映す。鑑賞を強要するように波打った石畳の意向に沿って、俺は樹齢を重ねた幹の太い木々などに目移りさせながら、敷地の顔となる立派な門の前に立った。不届き者を寄せ付けぬ高さと、鋭利な突端が上部に備え付けられ、邪な考えは全てこの牙城に剥落するはずだ。
「ヨイショ」
アイはあからさまに門の重さを計るように声を出す。手伝おうと思ったが、彼女の制御下にある身体は言うことを聞かず、門が開くのをぽつねんと待つ。
「さぁさぁ、行きますよ」
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