便秘でトイレに篭っていたら、第十四柱として異世界に召喚されました

駄犬

文字の大きさ
73 / 149
第三部

熱源

しおりを挟む
「ハーキッシュ……」

 家の壁に背中を預け、しずしずと石畳に座すハーキッシュは、力の源泉たる息遣いをまるで感じさせない。呼吸に伴う胸の膨らみ縮む運動を一切、捉えることができないのだ。ふらりと立ち寄った野次馬の怖いもの見たさとは一線を画す、仄暗い感情を抱えるイシュは、距離を保って取り囲む民衆から一歩抜け出し、ハーキッシュのもとへ近付く。胸に手を当てると、身じろぎしない理由の根幹に迫った。その瞬間、喉の奥から迫り上がる熱の塊が吐き気として現れ、地面に口づけをする勢いで顔を背けた。

「く、ッ」

 息が詰まり、まともに呼吸をすることもままならず、背中を丸めてうずくまる。塗炭の悲しみに塗れた人間の背中を不用意に触れる朴念仁はここにはおらず、立ち話で持ちきりの忌まわしい事件の被害者とその親類と把捉され、好奇心は悲哀に流転し、それぞれの心の中で哀悼の意を表する。

「ちょっといいかな?」

 ローブを羽織っていないイシュを、そこらの大衆と区別するには甚だ無理があり、魔術師から杓子定規な扱いを受ける。

「申し訳ないけど、その人は重要な事件の被害者なんだ。こっちで預からせてもらうよ」

 しおらしい未亡人を慮るように脱力した手足の補助に魔術師が手を伸ばすが、イシュはそれを払い除け、睨め上げる。

「だ、大丈夫ですか?」

 あまりに広大な都市の治安を守る為には魔術師が連携し、個々の持ち回りを持つことによって、辛うじて「安寧」らしきものを提供しているが、時代の折り目を迎えつつある急場に際して、人手不足の様相を呈していた。そうなると、他の魔術師と交流を持つなど以ての外で、人間関係は限りなく狭まり、ローブを羽織っていなければその他大勢と区別など付きようがなかった。イシュもそれを承知でローブを自宅に置いてきており、見知らぬ魔術師の振る舞いに対して嫌悪感を発露したところで、真意など伝わりようがない。

「自分で立てます」

 ひたすら憮然に取り付く島もない「不機嫌」を体現する。殊更に飛び火を嫌った魔術師は、腫れ物に触れてしまったように両手を上げて、これ以上の干渉はしないと態度に示す。乱心気味だったイシュは、魔術師に声を掛けられたことにより平常心を取り戻し、事も無げに立ち上がるとそのまま雑踏に消えていく。

 この街で起きている異変の渦中に魔術師が被害者として巻き込まれる。犯行声明を出すまでもなく効果的に影響を及ぼし、血眼になって犯人を捕捉するという欝勃たる意気込みが魔術師の間で交わされた。腐れ縁を自称するには充分な間柄にあったと自認するイシュは、自宅のベッドの上で横臥しながら、名状し難い靄がかった感情と格闘していた。いつもなら、自分の匙加減一つで解決する惰眠を貪った上での尻拭いに眠気との綱引きに興じていたが、如何ともし難い外的な要因が大きく関わった今宵は、海に浮かぶ海月のように漫然と夜を漂っている訳にはいかなかった。

「……」

 根差した問題の深刻さは、取り除かない限り恒久的に尾を引き、よしんば死ぬ間際になっても思い起こすような後味の悪さとなるかもしれない。一向に降りてこない目蓋の代わりに、イシュはベッドから離れ、隅に追いやっていた紙の束を埃が被った机の上に置いた。そして、引き出しの中からペンとインクの入ったガラス瓶を用意する。座学に向かうようにイシュは手を動かし始めれば、ハーキッシュと交わした会話を思い出す。

「茶色い髪を肩に跳ねさせる、丸顔が愛らしい活発な女性から見初められてねぇ」

 道すがら耳に入れた猥雑な色気話の教訓と総合し、点と点が繋がれば、イシュの目に強い決意が宿る。

(絶対に捕まえてやる)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...