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第四部
言うに事欠いて
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他人との比較によって生まれる欲望の数々は、鏡に照り返した走光性であり、布を掛けて素知らぬ顔をすれば、雪だるま式に不安が肥大化する。これは言うなれば、「魔が差した」と一言で形容でき、直裁にその言葉を口にすると、店主は顔に青筋を設けた。
「あぁ? 食うに困ったと言うならまだしも……」
前提とする動機の譲歩を見せた店主は、おれが誠実に答えた言葉を前にして呆れ返っていた。従業員と思しき屈強な男が、「暴力」を振るう装置として店主に顎で使われる。殴る蹴るの殴打の雨は、骨まで響き、血反吐を床に吐けば顔を爪先で蹴り上げられた。その瞬間、砂利を口の中に含んだかのような不快感を味わい、瞬く間に血の気が引く。日頃の鬱憤がおれの身体に集約し、罪への折檻と託けて行われる「暴力」の重さを知った。
息切れを催した「暴力」の間隙に、おれが酷く衰弱して見えたのだろう。死を睨んだ店主がすかさず割って入る。
「もうこの辺でいいだろう」
拳や足に残った打撃の感覚に名残惜しさを覚えているかのように、従業員がまんじりと一歩引いた。辛うじて生きながらえた昆虫のように身体をうねらせれば、吐息として吐いた呼気に血が混じり、口の端からとめどなく流れ出す。すると店主は、吐瀉物を処理するかのようにおれを店の外へ放り投げた。
「今度この店に入ってみろ。今以上の苦痛を与えてやる」
硬い石畳の上にボロ雑巾さながらに横臥する惨めな姿に飽き足らず、店主は追い討ちに唾を吐きかけ、この世の黒ずみとして排斥を図った。頭上を通り掛かる人々の白眼視は、見窄らしいおれの見てくれから、「窃盗」を難なく看破したからだろう。
情け容赦なく平等に降り注ぐ太陽の日差しがこれほど恨めしく、軒下の影すら惜しく思えて仕方ないのは、座持ちが悪いと自覚するおれの疚しさから来ている。動くに動けない身体を引き摺るように這わせて、道ゆく人の邪魔にならないことを心掛けた。名もなき民家の壁に背中を預け、回復に傾注していると薄ぼんやりとした眠気に襲われだす。
「これはまた酷いな」
目の前が霞んで見え、曖昧模糊なる人影がおれの顔を覗き込んでいるのが、白昼の明るさに助けられて把捉する。
「ただの喧嘩か? それとも何か盗んだか?」
首を動かすのも億劫で、ひたすら耳を傾けることしか出来なかった。
「実はな」
子どもの甲高い変声期を乗り越えた後の、いくつも歳を跨いで趣のある声へと変化した成人男性ならではの低音が鼓膜を震わす。道すがらに声を掛ける相手として、おれは最悪の部類に入るはずだ。しかし、男は全くもって躊躇せず、あろうことか耳元まで口を近付ける始末。そのあまりにも卑近な付き合いを強要する男の態度に、おれはそぞろに顔を横に傾けた。すると男は間髪入れずに、「すまない」と一言発して、真正面におれを捉えた。そして、
「魔術が使えるんだ」
男はおれの胸を抑え、与太話の説得に漕ぎつけようとしているようだが、如何にも胡散臭い仕草であった。
「あぁ? 食うに困ったと言うならまだしも……」
前提とする動機の譲歩を見せた店主は、おれが誠実に答えた言葉を前にして呆れ返っていた。従業員と思しき屈強な男が、「暴力」を振るう装置として店主に顎で使われる。殴る蹴るの殴打の雨は、骨まで響き、血反吐を床に吐けば顔を爪先で蹴り上げられた。その瞬間、砂利を口の中に含んだかのような不快感を味わい、瞬く間に血の気が引く。日頃の鬱憤がおれの身体に集約し、罪への折檻と託けて行われる「暴力」の重さを知った。
息切れを催した「暴力」の間隙に、おれが酷く衰弱して見えたのだろう。死を睨んだ店主がすかさず割って入る。
「もうこの辺でいいだろう」
拳や足に残った打撃の感覚に名残惜しさを覚えているかのように、従業員がまんじりと一歩引いた。辛うじて生きながらえた昆虫のように身体をうねらせれば、吐息として吐いた呼気に血が混じり、口の端からとめどなく流れ出す。すると店主は、吐瀉物を処理するかのようにおれを店の外へ放り投げた。
「今度この店に入ってみろ。今以上の苦痛を与えてやる」
硬い石畳の上にボロ雑巾さながらに横臥する惨めな姿に飽き足らず、店主は追い討ちに唾を吐きかけ、この世の黒ずみとして排斥を図った。頭上を通り掛かる人々の白眼視は、見窄らしいおれの見てくれから、「窃盗」を難なく看破したからだろう。
情け容赦なく平等に降り注ぐ太陽の日差しがこれほど恨めしく、軒下の影すら惜しく思えて仕方ないのは、座持ちが悪いと自覚するおれの疚しさから来ている。動くに動けない身体を引き摺るように這わせて、道ゆく人の邪魔にならないことを心掛けた。名もなき民家の壁に背中を預け、回復に傾注していると薄ぼんやりとした眠気に襲われだす。
「これはまた酷いな」
目の前が霞んで見え、曖昧模糊なる人影がおれの顔を覗き込んでいるのが、白昼の明るさに助けられて把捉する。
「ただの喧嘩か? それとも何か盗んだか?」
首を動かすのも億劫で、ひたすら耳を傾けることしか出来なかった。
「実はな」
子どもの甲高い変声期を乗り越えた後の、いくつも歳を跨いで趣のある声へと変化した成人男性ならではの低音が鼓膜を震わす。道すがらに声を掛ける相手として、おれは最悪の部類に入るはずだ。しかし、男は全くもって躊躇せず、あろうことか耳元まで口を近付ける始末。そのあまりにも卑近な付き合いを強要する男の態度に、おれはそぞろに顔を横に傾けた。すると男は間髪入れずに、「すまない」と一言発して、真正面におれを捉えた。そして、
「魔術が使えるんだ」
男はおれの胸を抑え、与太話の説得に漕ぎつけようとしているようだが、如何にも胡散臭い仕草であった。
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