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第五部

三者三様

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 私に差し伸べられた手は尽く、下品さを棚に上げて見返りを期待する。一様に薄寒い笑顔をぶら下げて、腹中にあるドス黒い願望をおくびにも出さない。私が自立した一人の人間だったなら、きっとこのような浅ましい人間達の手など払い除けられたはずだ。しかし、年齢による未発達な子どもの頭と社会性では、裏にある感情の機微を見抜いたとて、どうすることもできない。只々、それを受け入れるしかないのだ。のちに起きる惨事に相対した時初めて、後悔の念なとが浮上し、取り返しのつかない環境をひたすら呪う。傀儡に相応しい私が、バエル様の配下の一人に選ばれたことは、謂わば必然だったのかもしれない。ただし、ベレトの企みの一つに加えられたことは誠に遺憾であり、あまつさえウォードがその舞台に選ばれた偶然性も腹立たしかった上、私がこれまで行ってきたことを逆手に取られたとなれば、切歯扼腕して仕方ない。

「慌ただしくなってきたな」

 若い夫婦が営む陶器を販売する建物の軒先で、私達の目の前を通り過ぎる人々が口々に声を潜めて言うのである。

「まただって」

「今さっき魔術師がさ」

「こえー。お前も気を付けろよ。色仕掛けには」

 色めき立つ街の喧騒を把捉したベレトは、自分の思惑が恙無く進行する様に居心地の良さを覚え、ニヤリと口角を上げた。著しく歪んだ私の審美眼を持ってしても、その横顔は見るに耐えず、思わず俯いた。

「本当に伝わっているんだろうな?」

 ウァサゴの猜疑心は最もだ。ウォードという大都市の内輪揉めが、片田舎の町に伝達されて、他の「魔術師」の援助を求めるようなことをするのだろうか。

「大丈夫だよ。魔術師も巻き込んだ大騒動だ。周知されないはずがないし、今は人手不足だからね」

 ベレトは情勢を仔細によんで、今回の事件が大きく伝播することを睨んでいる。前述を翻すことになるが、その目算は正しように思う。バエル様が打倒を目指す巨大な影の存在によって、沢山の魔術師が結界を維持する為に駆り出された。魔術師が多く滞在するウォードがその影響を色濃く受けていると見ていい。だとするならば、手薄なウォードが援助を求めることは何もおかしいことではない。今にも卑屈な笑い方をし始めて、肩を大きく上下させかねないベレトの嬉々とした声色に肌が粟立つ。

「そうか。なら、安心だな。ただ言っておく。僕と日浦に余計な口出しや手出しをするようなら、迷わず……わかるな?」

 ウァサゴはベレトに釘を刺し、肩を並べて仲良く共謀する気はないと言葉と態度に表す。私達を敵対すべき存在と捉えながらも、利害の一致だけを頼りに形成された綱渡りの関係だ。ウァサゴが刺々しくいるのは無理からぬ話である。

「俺だけに言うなよ」

 ベレトは私を一瞥して、告げ口めいたことを言う器の小ささを鼻で笑った。この小賢しい男は吹き流しのようになびく性質があり、バエル様やウァサゴの機嫌を伺いながら、その実牙を研いで寝首を掻く瞬間を待ち続けている。警戒して当然の身の処し方をするベレトの処世術を
短い間にも見抜く、慧眼ウァサゴの慧眼に拍手を送りたい。
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