138 / 149
最終章
退屈な日々
しおりを挟む
「それじゃあ……」
イシュは自身が想像するバエルの概算に怖気を覚え、言霊を払い除けるかのように、性急に口を閉じる。よしんば、その方法がまかり通るなら、というあまりに理不尽な発想に対して自衛の為に軽はずみな発言を避けたのだ。
「おずおずと結界を張り続けるより、建設的なやり方だ」
沈黙していたレラジェが、イシュに代わって尋ねる。
「一体誰が魔力を流し続けるんだ?」
対象になるのを恐れたイシュにとって、その質問は真綿で首を絞められるより息苦しかった。
「誰でもいい。陣がある限り、それは大した問題じゃない」
全て上手くいくと楽観的な考えを口にするバエルの不敵さにレラジェとイシュは眉根にシワを作る。遍く判断はバエルの一存でのみ機能し、傍若無人な身の処し方に絶え間なく振り回される。そんな機運を察して、容易に同調するような真似は避けた。
「人柱を作るほどの“価値”が、この国にはあるのかね」
天真爛漫に瞳を輝かせ、事態がどのように発展するかについて、ひたすら胸を躍らせていたイルマリンが気怠げに言った。
「ほう。そういう考え方もあるか」
敷居を跨ぐかのような何気なさで世界を乗り換えた者達にとって、土地に根付く常識や成り立ち、見慣れぬ景色に人々は、全て新鮮に映り込んで、魅力を語り出せば一昼夜を簡単に過ごせた。以前の世界でそこはかとなく感じていた、行き詰まりの日々が霧散するほどの一変した現実は、エンターテイメントの皮を被った虚飾で鬱血した感情に尻を叩くより、地に足が着いた実感があった。今し方起きている切迫した状況を乗り越える為に苦心し、解決に向けて邁進する充足感は倒錯的でありながら、それほど的外れな感覚とは言えないだろう。ただしやはり、物心ついた頃からこの世界に定住する者からすれば、年嵩に合わせて色褪せていく景色の中に宝石の如き華やかさを見つけるのは甚だ困難だろう。どの世界にも通底する紛れもない倦怠は、イルマリンのような厭世観を育んだようだ。
「この世は等しく無価値なのかもしれないぜ?」
絶え間なく皮肉を口走るイルマリンの見目は、明らかに「健康」とは言い難い風貌をしている。窪んだ眼底に張り付く肌は、色素がとりわけ沈んで、身体の節に散見される黒ずみがベッタリと鎮座し、この世の醜悪さと向き合ったかのような苦労が滲む。贅肉を削ぎ落とした頬の痩せ方からして、栄養を積極的に摂取してしている様子はない。他人の物を横取りし、肥やしにするイルマリンの素性を鑑みるに、腹が空いたと嘆く姿は想像できず、自らそのような状態を招き入れているように見えた。つまり、生来の性質に因んでおり、同情するような遠因ははない。ならば、イルマリンが醸す退廃的な言葉や態度は、環境によって形作られたものではなく、子宮内で育まれた先天性の体質のようだ。吊り上がった口角は、影が付き纏い、斜めに構えた身体の角度に天邪鬼さを空目する。
「あまりに主観的な物の見方だ」
バエルは視野狭窄に陥るイルマリンの価値の計り方に疑問を呈し、反抗を窺わせるその態度に釘を刺す。
イシュは自身が想像するバエルの概算に怖気を覚え、言霊を払い除けるかのように、性急に口を閉じる。よしんば、その方法がまかり通るなら、というあまりに理不尽な発想に対して自衛の為に軽はずみな発言を避けたのだ。
「おずおずと結界を張り続けるより、建設的なやり方だ」
沈黙していたレラジェが、イシュに代わって尋ねる。
「一体誰が魔力を流し続けるんだ?」
対象になるのを恐れたイシュにとって、その質問は真綿で首を絞められるより息苦しかった。
「誰でもいい。陣がある限り、それは大した問題じゃない」
全て上手くいくと楽観的な考えを口にするバエルの不敵さにレラジェとイシュは眉根にシワを作る。遍く判断はバエルの一存でのみ機能し、傍若無人な身の処し方に絶え間なく振り回される。そんな機運を察して、容易に同調するような真似は避けた。
「人柱を作るほどの“価値”が、この国にはあるのかね」
天真爛漫に瞳を輝かせ、事態がどのように発展するかについて、ひたすら胸を躍らせていたイルマリンが気怠げに言った。
「ほう。そういう考え方もあるか」
敷居を跨ぐかのような何気なさで世界を乗り換えた者達にとって、土地に根付く常識や成り立ち、見慣れぬ景色に人々は、全て新鮮に映り込んで、魅力を語り出せば一昼夜を簡単に過ごせた。以前の世界でそこはかとなく感じていた、行き詰まりの日々が霧散するほどの一変した現実は、エンターテイメントの皮を被った虚飾で鬱血した感情に尻を叩くより、地に足が着いた実感があった。今し方起きている切迫した状況を乗り越える為に苦心し、解決に向けて邁進する充足感は倒錯的でありながら、それほど的外れな感覚とは言えないだろう。ただしやはり、物心ついた頃からこの世界に定住する者からすれば、年嵩に合わせて色褪せていく景色の中に宝石の如き華やかさを見つけるのは甚だ困難だろう。どの世界にも通底する紛れもない倦怠は、イルマリンのような厭世観を育んだようだ。
「この世は等しく無価値なのかもしれないぜ?」
絶え間なく皮肉を口走るイルマリンの見目は、明らかに「健康」とは言い難い風貌をしている。窪んだ眼底に張り付く肌は、色素がとりわけ沈んで、身体の節に散見される黒ずみがベッタリと鎮座し、この世の醜悪さと向き合ったかのような苦労が滲む。贅肉を削ぎ落とした頬の痩せ方からして、栄養を積極的に摂取してしている様子はない。他人の物を横取りし、肥やしにするイルマリンの素性を鑑みるに、腹が空いたと嘆く姿は想像できず、自らそのような状態を招き入れているように見えた。つまり、生来の性質に因んでおり、同情するような遠因ははない。ならば、イルマリンが醸す退廃的な言葉や態度は、環境によって形作られたものではなく、子宮内で育まれた先天性の体質のようだ。吊り上がった口角は、影が付き纏い、斜めに構えた身体の角度に天邪鬼さを空目する。
「あまりに主観的な物の見方だ」
バエルは視野狭窄に陥るイルマリンの価値の計り方に疑問を呈し、反抗を窺わせるその態度に釘を刺す。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる