ドーベルマン

駄犬

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それはゆくりなく

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 とある個人経営の中古車販売店は、我が子のように車を可愛がり、何百万もの大金を注ぎ込んだ自慢の一品を敷地内に置いて雄弁に語らせる。通りすがれば確かに目を引くその車、引き寄せたのは客だけではないようだ。

 ニット帽にマスクという、如何にも防犯カメラを意識した風采と、手に持った工具からして、犯罪に手を染める事を全くもって躊躇しない欝勃なる意思を感じる。二人組の利点を生かした、道路での見張り役と実行犯に別れる迷いのなさは、これまでに何度も犯行を重ねてきたであろう流麗さがあった。

 工具の背を運転席の窓ガラスに打ちつける。無数のひび割れを起こし、もう一度大きく腕を振って叩けば、運転席にガラスの破片が飛び散った。その風穴に腕を突っ込み、エンジンを掛ける為の努力に心を傾ける。

 見張り役は、そんな実行犯のケツを守るかのように周囲の状況に目を光らせながらも、未明も近いさめざめとした町の静けさを享受していた。ただ、あの男が現れるまでの、ほんの短い平穏であった事は、間も無く聞こえてくる甲高い革靴のアスファルトを歩く音が告げる。

「いやぁ、駄目だよなぁ。物を盗むってのは」

 軽い調子で見張り役を鼻で笑う男の風貌は、これから窃盗を行おうとする二人よりも見るからに怪しかった。黒い目出し帽につなぎ目も分からぬ上下の黒い衣服は、夜の帳の恩恵を授かる為に着ているとしか思えない、黒ずくめであった。

「やめろ。おちょくりに来たなら、引き返せ」

 見張り役は敢然とした態度で男の歩み寄りを止めようとするが、スキップを踏んで距離を縮めていく。

「それ以上近付いたら、容赦はしない」

 見張り役の忠告をどこ吹く風と男の軽い調子は変わらない。

「おー、怖いね。超えたらどうなる?」

「云わずとも分かるだろう?」

 長物なやり取りに嫌気が差した男は、首を気怠げに回して根の張った凝りと袂を分かつ。そして、埃を落とすように足を揃えて軽く跳躍した。事を構えた準備運動は、見張り役の如何ともし難い表情のきっかけになり、奥歯を噛み締める強い憤りのようなものを垂れる。

「躊躇はいらない。持てる力を全てを使え」

 男は、度量の案配を確かめてみろと言わんばかりに、両手を広げて見張り役とのぶつかり稽古を歓迎した。判然としない男の目的に見張り役は致し方なく、袖を捲った。まるで腕っ節なら負け知らずといった具合である。

「イイね! そうこなくっちゃ」

 男は全く意に介さず、それどころか嬉々として鼻息荒い見張り役の気焔を受け入れた。剛腕と形容とするには大仰な気もするが、風を切った拳は悍馬も顔を青くして言う事を聞き入れるだろう。ただ、男は飄々と身体をあやなして、見張り役の猛攻を闘牛士さながらに手玉にとった。

「いい筋してるね。けど、大振りはよろしくないな」

 手首を返しただけの軽い小突きを見張り役の鼻頭に見舞う。力任せに放る拳より迫力が欠けたものの、急所を的確に叩く鞭のようなしなやかさは、寸暇に顔を歪ませるだけの苦痛を生じさせた。
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