ドーベルマン

駄犬

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非常識

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「力は魅力的だが、宝の持ち腐れだな」

 涙腺の緩んだ見張り役は、頭に登った血から送られてくる信号をそのまま受け取って、直情的に漏斗した。数々飛んでくる怒気を蝶のように翻り、やり過ごす男の軽やかな身のこなしは見事という他ない。そんな動静にエンジン音が割って入り、二人の視線はそぞろに誘引された。

「何やってんだ! 早く乗れ」

 取っ組み合いの喧嘩に身をやつす暇はないと実行犯が促せば、名残惜しさに舌打ちを残し、見張り役は男から離れて活気付くスポーツカーの元へ駆け寄った。

「おー、引き上げる気か」

 男は、独り残された寂しさから口を窄ませて嘆いた。目蓋を下さなければ相対する事も出来ない、威嚇的なヘッドライトの光量が男に浴びせられる。避けると踏んだアクセルペダルの傾きは事故を起こす恐れを知らない。男が何の危機感もなく仁王立ち、鈍重さすら感じる反応の鈍さに、ボンネットへ乗り上げる姿を空目する。しかし、

「こういうのは腰の位置が大事なんだ」

 四股を踏むように腰を落として、前傾姿勢ぎみになり、あたかも正面から車を受け止めるような姿勢を取った。あまりにも現実離れしたその姿に、窃盗犯の額に汗が流れた。思わずアクセルを弛める手心は、男を侮った愚策だと言わざるを得ない。

「?!」

 何故なら、車のタイヤは空転を続けて前進を止めたからである。

「おい、どうしてアクセルを……」

 助手席に乗り込んだ見張り役がそう咎めた矢先、排気を続けるマフラーの音に顔を青ざめさせた。男は肩を支点とし両手でバンパーを掴んで、地面を爪先で捉えながら、車が必死になって進もうとする力の全てに抗っていた。

「なぁー! 降りてこいよ。絶っ対に進まないからさぁ!」

 ギアをバックに入れて後退しようとするも、フロントガラス越しに見る男が未だに踏ん張る姿があり、前進も後退も意味を成さない事を知った。顔を見合わせる車内の二人は、降車を余儀なくされ、バツが悪そうに身体をさする。

「やっと降りてきてくれたね」

「アンタ、一体何なんだ」

 筋肉の膨張などによる衣服の突っ張りや、平均的な成人男性の身長からして、力の源と思しき身体的特徴が見られず、窃盗犯の二人は混迷を極めた。

「いい質問だね。富や名声を得る為なら、こんな格好は相応しくないし。じゃあ、この車屋さんと知り合いなのかと問われれば、俺は赤の他人だと答える」

「つまり?」

「つまり、悪い事をする犯罪者を取っちめる為だけに俺は今、身体を張っているという訳だ」

 両手を腰に当てて、大層満足そうな仕草を見せる男の自警団気取りに窃盗犯は心底、七面倒臭いといった具合に息を吐き、悪事を仕損じた事への憤りがふつふつと湧き立つ。
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