ドーベルマン

駄犬

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有名税

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 個人経営の中古車販売店に設置された監視カメラの映像は、各主要メディアに取り上げられた。活字にて情報を届けるメディアでは、大仰な題目を綴って耳目を集め、視覚で完結する映像メディアは、監視カメラに収められた記録を流すだけで十分な資料映像になった。

「凄いね」

「窃盗犯が一網打尽だぜ」

 そして夜な夜な、男は町を賑わす注目人物として報道ないし四方山話の話題に上がった。或る晩は、鉄屑を盗もうと資材置き場に忍び込む職業不詳の青年をタコ殴りにし、高級時計を狙った強盗の肋骨を折った。薬物の売人が町の一角でコソコソと札を数えれば、手首を返して路上の落とし物へ返還する。法を犯すあらゆる者達にあまねく鉄槌を下し、町に蠢く犯罪者を白日の下に晒した。

 町の治安を憂い、そして自ら行動に移す正義の権化として認知されていき、その獰猛さから或る愛称が贈られる。

「ドーベルマン」

 正体不明の黒づくめの出立は偶像化を促し、インターネット上では無数の発信者によって平面に落とし込まれた。無頼たる行動に名付けられた「ドーベルマン」という呼称は、消費の対象として社会の規格に当てはめられたのだ。

「よォ、ドーベルマン。今夜もパトロールご苦労な事だな」

 人目に触れる事を前提とした通りのショーウィンドウに大穴を開けて宝石店へ侵入した、マスクと帽子を纏った男が物色を終えて外へ出た所にドーベルマンと鉢合わせた。

「そんな芸能人みたいに思わないでくれよ。俺、ウブだからさ。気恥ずかしくて仕方ない」

 男が背負うリュックの中身は、恐らく大量の宝石が詰め込まれていて、時価総額は計り知れない。

「今までみたいに相手を殴るようにはいかないぞ? ドーベルマン」

「?」

 男がやおらドーベルマンに近付いていき、目と鼻の先で両者が睨み合った。

「そんな見つめられると照れるな」

「そうかい?」

 次の瞬間、二車線道路を挟んだ反対側の歩道に設置された自動販売機に背中をめり込ませるドーベルマンの姿が寸暇に現れる。

「おー、思ったより軽かったなぁ」

 男が今マスクを外せばきっと、口端の吊り上がったご機嫌な顔を拝めるはずだ。

「……これは、これは」

 自動販売機は見事にドーベルマンの背中を型取り、硝子の破片を頭に降らせた。自身の年嵩を労るように腰を叩きながら立ち上がったドーベルマンは、男の尋常ならざる力の出自に一つ息を吐いた。

「骨が折れる」

「それで済むと思ってるのか?」

 十メートル余り距離が離れていたはずの二人は、男の接近によって煙草を一本挟んだ程度の親近感を欠いた近さまで再び顔を突き合わせる。

「怖いね。君」

 ドーベルマンはすかさず男の両腕の袖を掴むと、顎に向けて爪先を蹴り上げた。ポッコリと喉仏が顔を出して上半身が持ち上がり、気を失ったかのように男は海老反りになった。ドーベルマンが袖を掴んでいるおかげで辛うじて立っている状態だ。

「まだ始まったばかりだよな?」

 男は振り子のように頭を前後に小さく揺らし出し、勢いを増していくその運動の果てに、ドーベルマンの額をかち割る野望があった。ただ、振り子運動は途中から頭をコクリと傅くだけの弱々しい動作に収まる。何故なら、ドーベルマンは右足を突っ張り棒のように男の胸に当てて、両腕をカブのように引き抜かんとする二目と見られない力み具合を見せたからだ。

「ぅ、う」

 身体に掛かった負荷に対して、はち切れんばかりに顔が赤く染め上がり、穴という穴から血が吹き出しそうな気配すらした。立っているだけの木偶の坊と化した男は、卒倒を想起させる脱力加減で膝から崩れ落ち、突っ張っていたドーベルマンの右足に体重を預ける事で、両腕を引っ張る動作に意味を剥落させた。

 事切れたと錯覚さえしてしまうほどの生気に欠ける男から可否を得るには、注視が手っ取り早く、僅かに膨らみ縮む胸の動きを通して漸く息遣いを看取できた。ドーベルマンはしゃがみ込み、凝然とした男の横顔にジッと目を向ける。視線を辿っていくと、男が着ける黒いマスクに帰着し、左隅上に鎮座する逆さの五芒星に翼が生えた意匠へ、ドーベルマンは審美眼を試すかのように釘付けになっていた。
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