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攻防
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「?!」
恐らく、家内の頭の中ではドーベルマンの顔が仰け反り、地面にしゃがみ込む姿まで、思い浮かべていたのだろう。他愛もなく足首を掴まれてその想定が暗礁に乗り上げれば、驚天動地の事件を突き付けられたかのような目の開き加減でドーベルマンを凝視した。
「なかなかだ」
ドーベルマンは片足を持ったまま、やおら押し込むように前進すれば、家内は忽ちバランスを失い、もはや自立するのもままならない状態に追いやった。そこへ、死角に回り込んだ鈴木の掌底がドーベルマンを襲う。後頭部を狙った殺意の塊は、気取られるだけの念が放たれており、首を傾げたドーベルマンの横顔を掠める。 不意の一撃を容易に避けられた鈴木は、ドーベルマンの異常性を一言で表す。
「ありえない」
「良いね! でもダメだね」
ドーベルマンは家内の片足をハンマーの柄さながらに扱い、身長百七十センチ、六十キロの初老の男を軽々と振り回して鈴木へ浴びせた。鈴木はその衝撃から、地面の砂を巻き上げながら転がって、消沈する。お役御免と家内の片足から手を離した隙を、河合は見逃さなかった。強烈なタックルがドーベルマンの腰を捉え薙ぎ倒すと、獲物を捕食したワニを彷彿とさせる横の捻りで絡め取る。
「ナイスだ!」
滅多にない機会だと喜び勇む林田が追撃を加えんと助走からの滑空を実現し、折り畳んだ膝をドーベルマンの鳩尾へ落とす。
「おぇっ!」
飄々と湯気のように掴み所がなかったドーベルマンは、痛みに悶えて声を上げる卑近な人間としての一面を見せた。
「どんな気分だ?」
一点の曇りもない林田の笑みは、背中を丸めるドーベルマンへの紛れもない勝利宣言である。そんな中、反撃を懸念した河合は痛烈な一撃を見た後も、ドーベルマンの足を束ねて離す事はしない。半ば抱き付くように密着していた河合は、下半身に一切の力も通っていない事に気付く。ドーベルマンの顔色を伺おうと空目を使えば、起き抜けのようにゆるり上体を起こすドーベルマンと目が合った。
「え?」と、口から溢れても不思議ではない阿呆面は、河合からすると至極当然な反応であり、石と変わらぬ硬い拳がこめかみに飛んできたのを他人事のように見送った。粘土を想起するこめかみの緩さに拳はめり込み、河合は抜け殻に比肩する脱力を見せる。ドーベルマンは脱ぎかけのズボンのように河合を足蹴にして、立ち上がろうとするが、虫を踏み潰す子どもの残酷さを身に下ろした林田の靴底がドーベルマンの顔の上に照準を合わせた。
ドーベルマンは地面を転がるドラム缶のように身体をあやなして、林田が差し向ける靴底から逃れようと苦心する。何がなんでも踏み潰してやろうと息巻く林田の執拗さは、地団駄めいた影を背負い、稚気な遊びに興じているかのような興奮を湛えた。
「ハハッ」
ドーベルマンは押し出すように地面を両手で遠ざけると身体を跳ね上げた。そして、即席に設けた間合いを利用して体勢を立て直そうとするが、無理に身体を扱ったドーベルマンの足はふらついて、大振りで風を切る林田の殴打を避けるのにも必死だ。
恐らく、家内の頭の中ではドーベルマンの顔が仰け反り、地面にしゃがみ込む姿まで、思い浮かべていたのだろう。他愛もなく足首を掴まれてその想定が暗礁に乗り上げれば、驚天動地の事件を突き付けられたかのような目の開き加減でドーベルマンを凝視した。
「なかなかだ」
ドーベルマンは片足を持ったまま、やおら押し込むように前進すれば、家内は忽ちバランスを失い、もはや自立するのもままならない状態に追いやった。そこへ、死角に回り込んだ鈴木の掌底がドーベルマンを襲う。後頭部を狙った殺意の塊は、気取られるだけの念が放たれており、首を傾げたドーベルマンの横顔を掠める。 不意の一撃を容易に避けられた鈴木は、ドーベルマンの異常性を一言で表す。
「ありえない」
「良いね! でもダメだね」
ドーベルマンは家内の片足をハンマーの柄さながらに扱い、身長百七十センチ、六十キロの初老の男を軽々と振り回して鈴木へ浴びせた。鈴木はその衝撃から、地面の砂を巻き上げながら転がって、消沈する。お役御免と家内の片足から手を離した隙を、河合は見逃さなかった。強烈なタックルがドーベルマンの腰を捉え薙ぎ倒すと、獲物を捕食したワニを彷彿とさせる横の捻りで絡め取る。
「ナイスだ!」
滅多にない機会だと喜び勇む林田が追撃を加えんと助走からの滑空を実現し、折り畳んだ膝をドーベルマンの鳩尾へ落とす。
「おぇっ!」
飄々と湯気のように掴み所がなかったドーベルマンは、痛みに悶えて声を上げる卑近な人間としての一面を見せた。
「どんな気分だ?」
一点の曇りもない林田の笑みは、背中を丸めるドーベルマンへの紛れもない勝利宣言である。そんな中、反撃を懸念した河合は痛烈な一撃を見た後も、ドーベルマンの足を束ねて離す事はしない。半ば抱き付くように密着していた河合は、下半身に一切の力も通っていない事に気付く。ドーベルマンの顔色を伺おうと空目を使えば、起き抜けのようにゆるり上体を起こすドーベルマンと目が合った。
「え?」と、口から溢れても不思議ではない阿呆面は、河合からすると至極当然な反応であり、石と変わらぬ硬い拳がこめかみに飛んできたのを他人事のように見送った。粘土を想起するこめかみの緩さに拳はめり込み、河合は抜け殻に比肩する脱力を見せる。ドーベルマンは脱ぎかけのズボンのように河合を足蹴にして、立ち上がろうとするが、虫を踏み潰す子どもの残酷さを身に下ろした林田の靴底がドーベルマンの顔の上に照準を合わせた。
ドーベルマンは地面を転がるドラム缶のように身体をあやなして、林田が差し向ける靴底から逃れようと苦心する。何がなんでも踏み潰してやろうと息巻く林田の執拗さは、地団駄めいた影を背負い、稚気な遊びに興じているかのような興奮を湛えた。
「ハハッ」
ドーベルマンは押し出すように地面を両手で遠ざけると身体を跳ね上げた。そして、即席に設けた間合いを利用して体勢を立て直そうとするが、無理に身体を扱ったドーベルマンの足はふらついて、大振りで風を切る林田の殴打を避けるのにも必死だ。
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