何故に彼等はこうなったか

駄犬

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庭師の仕事

けいかく

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「皆さん、山の天気は変わりやすいですから、気をつけて下さいね」

 一方的な問いかけでしか成立し得ない、畏まった言い回しで注意喚起を行う声は、明らかにカメラを意識したであろう素人の猿芝居だ。友人は私から懐中電灯を取り上げて、男の虚を突く語りかけで此方の存在を示す。

「君、もしかして自転車でここに来た?」

 すると男は、負い目を隠すかのような素早さで左手を身体の後ろに隠す。

「そうです、そうです」

 歳は二十代だろう。すらりとした手足を誇張する自転車乗りの身なりは、態度を翻す早さすら手助けしているようだ。

「もしかして、迷子しちゃってる?」

「いやぁ」

 私たちがここに居ることがよほど疎ましいのだろう。やけに視線が定まらず、地面を踏みならしている。だが、此方にも事情があり、作業の一環において、男は邪魔になり得る。

「大変だよねぇ。こんな物音もしない霧の中では、どっから来たのか分からなくなる」

 友人はそれとなく、元来た道を戻るように促した。ただそれではいまいち、押しが弱い。右も左も分からないこの状況で長々と立ち話に興じる暇はない。友人に任せるつもりで一歩引いていたが、私は距離を詰めた。

「左手に持っているのはカメラでしょう」

「え?」

 カメラの前で露出させていた自意識を、蜥蜴の尻尾のように切り離した気でいる自転車乗りの皮相な面を引き剥がした。

「でも、こんな霧の中では素材としては没でしょ?」

「……」

 表情を操る皮下の筋肉に根が張ったかのような硬い顔をする男は、足腰を左右にくねらせて、所在ない立場にあることを体現する。ここまでくれば、帰路を指差すだけで勝手に歩き出すはずだ。

「それは、どうだろうな」

 言下に耳を疑った。斜に構えた友人の言葉はちゃぶ台返し甚だしく、私の意図を無下にした。

「動画なんだろう?」

「そうですけど……」

 訝しげな自転車乗りと私は同調し、友人に対して注視を重ねた。友人は、男に歩み寄り、小さな声でのやりとりを始める。鹿威し式に男の頭が細かく上下を始め、欝勃と概算を立てているようだ。こんな暗い好奇心に耳を貸したならば、忽ち長広舌を振るわれて目を回すことになるはずだ。

「要は君は、心霊スポットを記録して回って、それらを動画投稿サイトに載せている」

 あまりにも断定的な言い方は、頭に浮かんだ策謀を進める上で欠かせない、必要な環境と状況の確認に違いない。

「そんなところです」

「よし、わかった」

 始まった。ここへ来た本分をすっかり見失った友人の指針は、お門違いな方向に向いている。帰る足を持たない私がこの場の主導権を握り返すことは不可能だろう。友人の口車に乗せられていく男の姿を黙して眺めるしかなかった。
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