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御手洗神社の某は名乗りたがらない
さようなら
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「重いな……」
ポロリと口から溢れ、ふと気付いた。俺は今、二人分を背負っているのだと。
成人女性を担いで歩くことは早々ないだろう。ひいては、それで入山を考える向こう水な人間は、志を同じくする手の汚れた者以外見つからないはずだ。足取りは鈍重を極め、前に進んではいるものの、程なくして足腰の限界を悟る。奥深くまで行くことはできなかったが、これ以上身体に鞭打って無理を強いれば、のちの作業に影響を及ぼす。
俺は背中から下ろした。乱れた髪を手ぐしで直し、頬に付いた泥を化粧が落ちない程度に払う。顔の隣に花を置けば、不謹慎だと誹られてもおかしくないほど、綺麗な顔をしていた。携帯端末に予め備え付けられたカメラの機能を使い、写真に収める。
自分の手で殺めておきながら、名残惜しそうにカメラを向ける厚かましさは手に負えない。しかし、これで相対すのが最後だと思うと、記憶ではなく記録に残したいと考えてしまった。
「その美しさに恨みはないけれど、俺をこの世に産み落とした要因でもあるから、これは言うべきかな」
穴を掘る為に引き連れたスコップに今一度、力を込める。
「この、ビッチ野郎」
何度も何度も、花を踏み潰すかのように女の顔にスコップを叩きつけた。鼻が平坦に潰れて、歪んだ口がだらしなく開いた。ここに来るまでの間に杖として扱ったスコップに付着した地面の土が、あれほど綺麗だった死に顔を徹底的に汚した。
俺はそのままの勢いで地面に穴を掘り出す。潰した顔すら今は見たくなかった。耐え難い疲労感からスコップから手を離した頃には、人を埋めるのに格好な形の穴が出来上がり、死体を転がすというなかなかに罰当たりな方法で穴へ落とす。
「……」
掛ける言葉さえ浮かばず、掘り返した土をいそいそと戻し始めた。土葬とは一線を画す邪な腹積りでありながら、身体が自然に還っていく様子に吐き戻す空気は、少しも邪悪さを帯びていなかった。今生を果たして伽藍になった身体を正しい場所へ送り返すかのような気分だった。
暫くすると、見てくれはすっかり地面らしい風体になり、後は踏み固めるだけで、そこに死体が埋もれているなんて思いもしない、風景の一部と化した。俺は、スカートを翻すかのような軽やかさに、後ろ暗い背中を濯ぐ。細かいステップを踏んで、来た道を戻って行き、車へ乗り込んだ。
山を下って行き、程なくして、街灯という名に相応しい市中の景色が目の前に現れる。爪の間に詰まった土に嘆息を溢し、気まぐれに向けた窓の先で、俺は目を奪われた。
クラゲの触手のようなものが、海中さながらに浮かんでいるのだ。それは時折、鯉の吹き流しのように流れて、通行人に絡みつく。それが何を意味するのか、理解する手立てはなかったが、以前と今を区切る変化を受け入れた。いつもなら、一段飛ばしで駆け上がる石階段をしっかりと踏み締めた。
「おかえりなさい」
箒を持った巫女に迎えられる。
「ただいま」
道草を食うつもりはなく、恬然と横を通り抜ける。
「珍しいね。香水なんて」
名残惜しさに足が止まり、母の腹の中を想起した。確かに俺はおたまじゃくしから始まり、頭から尻に向かって形成を終えると、出産に備えて器官を獲得した。それら全て母をなくして行われない生物の営みであり、寵愛に他ならない。恨むことでしか、あの人を母と認められなかった矮小さに、俺は今更気付いた。
「そうだろう? お気に入りなんだ」
ポロリと口から溢れ、ふと気付いた。俺は今、二人分を背負っているのだと。
成人女性を担いで歩くことは早々ないだろう。ひいては、それで入山を考える向こう水な人間は、志を同じくする手の汚れた者以外見つからないはずだ。足取りは鈍重を極め、前に進んではいるものの、程なくして足腰の限界を悟る。奥深くまで行くことはできなかったが、これ以上身体に鞭打って無理を強いれば、のちの作業に影響を及ぼす。
俺は背中から下ろした。乱れた髪を手ぐしで直し、頬に付いた泥を化粧が落ちない程度に払う。顔の隣に花を置けば、不謹慎だと誹られてもおかしくないほど、綺麗な顔をしていた。携帯端末に予め備え付けられたカメラの機能を使い、写真に収める。
自分の手で殺めておきながら、名残惜しそうにカメラを向ける厚かましさは手に負えない。しかし、これで相対すのが最後だと思うと、記憶ではなく記録に残したいと考えてしまった。
「その美しさに恨みはないけれど、俺をこの世に産み落とした要因でもあるから、これは言うべきかな」
穴を掘る為に引き連れたスコップに今一度、力を込める。
「この、ビッチ野郎」
何度も何度も、花を踏み潰すかのように女の顔にスコップを叩きつけた。鼻が平坦に潰れて、歪んだ口がだらしなく開いた。ここに来るまでの間に杖として扱ったスコップに付着した地面の土が、あれほど綺麗だった死に顔を徹底的に汚した。
俺はそのままの勢いで地面に穴を掘り出す。潰した顔すら今は見たくなかった。耐え難い疲労感からスコップから手を離した頃には、人を埋めるのに格好な形の穴が出来上がり、死体を転がすというなかなかに罰当たりな方法で穴へ落とす。
「……」
掛ける言葉さえ浮かばず、掘り返した土をいそいそと戻し始めた。土葬とは一線を画す邪な腹積りでありながら、身体が自然に還っていく様子に吐き戻す空気は、少しも邪悪さを帯びていなかった。今生を果たして伽藍になった身体を正しい場所へ送り返すかのような気分だった。
暫くすると、見てくれはすっかり地面らしい風体になり、後は踏み固めるだけで、そこに死体が埋もれているなんて思いもしない、風景の一部と化した。俺は、スカートを翻すかのような軽やかさに、後ろ暗い背中を濯ぐ。細かいステップを踏んで、来た道を戻って行き、車へ乗り込んだ。
山を下って行き、程なくして、街灯という名に相応しい市中の景色が目の前に現れる。爪の間に詰まった土に嘆息を溢し、気まぐれに向けた窓の先で、俺は目を奪われた。
クラゲの触手のようなものが、海中さながらに浮かんでいるのだ。それは時折、鯉の吹き流しのように流れて、通行人に絡みつく。それが何を意味するのか、理解する手立てはなかったが、以前と今を区切る変化を受け入れた。いつもなら、一段飛ばしで駆け上がる石階段をしっかりと踏み締めた。
「おかえりなさい」
箒を持った巫女に迎えられる。
「ただいま」
道草を食うつもりはなく、恬然と横を通り抜ける。
「珍しいね。香水なんて」
名残惜しさに足が止まり、母の腹の中を想起した。確かに俺はおたまじゃくしから始まり、頭から尻に向かって形成を終えると、出産に備えて器官を獲得した。それら全て母をなくして行われない生物の営みであり、寵愛に他ならない。恨むことでしか、あの人を母と認められなかった矮小さに、俺は今更気付いた。
「そうだろう? お気に入りなんだ」
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