親愛なる記者の備忘録

駄犬

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地雷原

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「あの日は、いつもとは違う帰り道でした」

 少年らしからぬ、老いらくが若き日を振り返るような遠い目をして、蓮井廉は事故に遭うまでの過程を口にし始めた。

「特に用事もなく、道草を食うように家路を逸れました」

 私達の歩調に合わせて、目の前で青から赤に信号機が色を変える。この市街に於いて、国道の次に広い、中央分離帯を備えた四車線道路は、交通の流れを考慮して殊更に信号が切り替わるタイミングが遅く、歩道を歩いているとそれを実感しやすい。

「押しボタン式の信号機をなんとなく押して、道路を横断しようと思ったのも、帰路をなんとなく変えた事も全て、あの事故にまるで誘導されているかのような、奇妙な感覚すら覚えます」

 言われてみれば、私も歩道橋の崩落を経験した時、あの場に出向く強い目的や趣旨を持ち合わせずに、事故に巻き込まれたように思う。蓮井廉が言った、「なんとなく」という無意識の志向を蔑ろにする気にはなれず、根なし草に相当する筆舌に尽くし難い感覚にこそ本質が隠れているのではないか。ただそれは、理解しようとすると途方もなく、修行僧めいた悟りの境地が求められるような気がしてならない。
 
「地響き、というのが適当ですかね」

「小林一葉」も口にした「地響き」は、陥没事故の被害者に共通した経験なのだろう。

「地面が崩れる前に、荒い息遣いを聞いたんです」

「息遣い?」

「人ではない何か。その次の瞬間には、ぼくは地面より下にいた」

 容易に咀嚼しきれぬゴムのような歯触りとでも言うべきか。ただ、凡そ理解の及ばない存在を認知したと思われる蓮井廉の証言に、全身は総毛立ち、得も言えぬ幸福感があった。不謹慎だと罵られても文句が言えない笑みを噛み潰し、面目を辛うじて保つ。

「……」

「聞いてますか?」

 相槌を打つ事すら忘れて体裁の確保に走った私の閉口に、蓮井廉は眉根にシワを寄せて苦言気味に語気を操った。決して青天井を眺めて虚けていた訳ではないと、耳に残った余韻をそのまま発露する。

「その息遣いについて、他の人に言った事はありますか?」

「さすがに……信じてもらえないでしょうし」

 未曾有な事象を公言する事による、怪訝な顔付きが思案せずとも頭に浮かんだと語るに落ちる蓮井廉の苦笑を気の毒に思いながらも、私だけがこの情報を掴んだ事実に身体は蠕動した。

「まぁ、なかなかに信じ難い話ではある」

「貴方はどうなんですか」

 軽々しく件の経験を肯定すれば、信頼よりも先に疑義が勝ち、ともすれば曖昧に真偽を濁すと不埒な人物だと見なされて私との対話を放棄するかもしれない。半ば八方塞がりな問いかけである。

「私は……事実に齟齬がないかを確かめる為にも、他の被害者に話を訊いた上で答えを出したいと思っていますよ」

 被害者からの話を総合し、客観的な決断を下したいと篤実に答えたつもりだ。
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