ヒルガエル

駄犬

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避難

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「ふーん、まぁいいや。やろうぜ」

 俺は担任教師からエスコートを受けるように案内され、再びテーブルに戻った。淀みない事態の流れに、頭は混乱ぎみである。「カナイ」に通い詰め、イカサマを行う者を見つけ出す算段でいたが、担任教師の登場により暗雲が立ち込める。このまま目的を遂げる為に、足繁く通うようなことになれば、不都合が起きる気がしてならない。そして、「カナイ」の常連客が店長を騙して、利益を得ようとするとは些か思えない。ならば、ここは早々に見切りを付け、次のカジノ店に潜り込むことを念頭に置くのが好ましいだろう。

「お前たちの元担任教師として、あることを教えてやる」

 教卓で教鞭を取るのとは訳が違う担任教師のご教示に対して、直下に耳を傾けるカメレオンめいた変化を遂げることは出来なかった。揺れ動きそうな視線を辛うじて留め、あたかも平静を装う。

「人の嘘を見抜く方法だ」

 俺は確信する。担任教師と蜜月になれば、寝首を掻かれて痛い目を見る。そんな機運がそこはかとなく首元を通り抜け、これからどのように振る舞えばいいのか、巧まずして理解した。

「……あの、トイレ行っていいですか?」

 俺は半ば強制的に担任教師の話を打ち切って、トイレへ向かった。あのまま口車に乗せられていると、致命的なミスを犯し、墓穴を掘るような気がしたのだ。生徒と教師という覆し難い上下関係に託けて行われる、黙殺できぬ誘導に絡め取られる前に、俺は場を仕切り直すつもりだった。しかし、気付くのである。彼を残してしまっていることに。如何に精神的負荷を感じていたかを自覚した上で、踵を返して戻る気にはさらさらなれず、俺は彼の心労を見越して心の中で願う。「どうか、無事であれ」と。

 慎みやかに点在するトイレへと誘導する床の案内に従い、俺は催してもいない生理現象を背負った。建物の奥まった場所に押し込まれるようにして、一枚の白い扉が森閑とした雰囲気を纏い鎮座している。が、男女を区別するマークはなく、共有スペースならではの汚らしさが透けて見える。俺は直ぐに扉のドアノブに手を伸ばさなかった。用心深く注視を飛ばし、目敏く汚れの在処を探す。本当なら、素手で触りたくもないのだが、トイレに行くと宣言した以上、水を流す音だけは聞かせるべきだろう。俺は駅前で貰ったポケットティッシュを取り出し、昔ながらのドアノブをティッシュを隔てて回す。男女でトイレを共用するというのに、和式便所というアベコベな光景が広がり、俺はそぞろに苦笑していた。

 女性が気軽に出入りするような場所ではないとはいえ、時代錯誤な和式便所を今更見るとは思わなかった。とはいえ、担任教師の衒学的な言い回しから離れられたことに俺は一息つき、ホッと胸を撫で下ろす。
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