吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

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愛だ恋だの語りたい

受血者

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「もしもし、華澄さん。お話があります」

 僕は直ぐにでも華澄由子に会わなくてはならない。小走りで青いアパートに向い、先んじて帰宅していた華澄由子の心遣いに施錠の有無を気にせず玄関の扉を開けた。そして、転がるようにして居間に入れば、部屋着に着替え終えていつものようにベッドの上で鎮座する華澄由子を捉えた。

「血を吸って下さい。僕の血を」

 外気を纏ったまま直裁に頼んだ。前言を撤回する厚顔など棚に上げて、僕は懇願した。

「一体どうしたの? 突然」

「突然? 華澄さんに言われた判断を今し方しただけですよ」

 この変わり身の早さは邪推されても文句はいえない。だが今は、なりふり構わず頼むしかないのだ。

「わかってるよね。私に血を吸われる意味を」

「噂程度です」

「なら、聞いて」

 僕たちは膝を突き合わせて目線の行き違いに細心の注意を払う。アパートの一室で一語一句を聞き逃すまいとする商談じみた妙な緊張が二人の間に生じる。

「先ず初めに脈拍に変化が起きる。一分間に百回以上の頻脈が心臓に過活動を来して、いわゆる心不全を起こす可能性がある」

「吸血行為に対する防衛反応ないし全身性のアレルギー反応なのか。断言できることは少ないけど、血を吸われるということは命を賭したものなの。だからこそ、受ける恩恵は計り知れない」

 吸血行為によって引き起こされる事象はどれもこれも現実感はない。体験しなければ、天を仰いで嘆くのは大仰な仕草となり、大変だったなと回顧して漸く身につまされる。

「どこを噛もうか」

 恋愛物語を寓話として落とし込む際に、「吸血鬼」と「人間」を配置して語る手法は古今東西、あらゆる時代に於いてされてきた。吸血行為とは、性的な象徴に喩えられ、男女のまぐわいを描写せずに挿入できることから、映画などの映像向け作品にある年齢指定の弊害を受けづらく、大々的な宣伝を打って希求するだけの需要があった。

「首で」

 僕がそう言うと、華澄由子は肩をすくめて綻んだ。

「案外、俗っぽいのね」

 顔の赤みを血流の動きから察する。取り繕い、恥辱を濯ぐように働きかければ更なる墓穴を掘るかもしれない。僕は朴訥に身を固め押し黙る。

「いいよ、首から吸ってあげる」

 蛇さながらに首を伸ばして身体を前進させる物珍しい動作に思わず、尻込みするように引き込む姿勢をとってしまった。

「大丈夫。力まないで」

 華澄由子が首元に潜り込み、頭のつむじが眼下に迫る。青い薔薇を想起する香水の匂いに鼻の下がそぞろに伸びて、生暖かい吐息に首筋を撫で付けられるといよいよ扇状的な雰囲気にあてられる。知らず知らずのうちに飲み込んだ生唾で蠕動する喉仏が、きっと吸血行為を妨げるはずだ。僕は頭に上った血を下ろすべく、両親の顔を思い浮かべる。すると、頭がにわかに痛み出して、海綿体を備えた首の硬さが拙速に去っていった。歯の突端は鉤爪を模した鋭さがあり、突き立てられた二本の犬歯に冷や汗をかく。皮膚を破って深く食い込もうとする過程に、経験したことのない恐怖を煽られる。

「……」

 怯えを気取られまいと、黙殺に没我していれば、室内灯の白い光が細く長い束のような形へ変わった。そのうち景色の全てが朧げになり、まるで涙ぐんでいるかのような感覚に陥る。跳ね上がる心臓が絶え間なく胸を打つと、外界の音は寸断された。健康を害したと知らせる汗の量は尋常ではない。程なくして目蓋が痙攣を始め、息を吸ってばかりいると僕は暗がりに滑り落ちた。
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