吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

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死なば諸共

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 万屋は靴にビニール袋を履かせ、部屋に上がる。六畳一間のワンルームとは思えない雑多な居間に警察の腐心を慮った。

「うーん……。大分、難しいなぁ」

 目を瞑ってしゃがみ込み、瞑想めいた傾注を見せる。

「ん」

 すると万屋は、床に手を付き、嗅覚を活かす犬さながらに姿勢を低くした。広げた鼻の穴から空気を吸い込む音を鳴らすと、微笑に上目遣いをして機運と思しきものを見定めた。

「なるほど、ね」

 万屋は既に警察が犯人を追うより確かな情報を得た。それは、品種改良を重ねて自然に存在しないはずの青い薔薇がパッケージに載っているであろう香水の匂いである。部屋にはもう用はなく、足早に外へ出て、鼻に残る香りを肺に満たした。

 それから万屋は、来た道を戻るでもなく、はっきりとした歩調で南方に向かい出す。
やがて夜風が潮の匂いを纏い、屋根にレールを付けた自動車が散見されだす。

「これは不味いか?」

 前方に視線を向けつつも、注意のアンテナは四方八方に散らして密かに硬く拳を作っていた。背後に動く気配を感じ、奥歯を噛み締める。それが間近に迫るまで飄々と振る舞い、奇襲への騙し打ちに出るつもりでいた。しかし、目潰しの要領で投げられた布が振り返った万屋の顔にかけられ、反撃の出鼻を挫かれる。

「うぉっ!」

 万屋はあえなく地面に押し倒され、制圧といっていい体勢を強いられた。

「やっぱり夜が好きかい? 吸血鬼」

 その人物は梶井喜久を殺害した犯人であり、吸血鬼への強い復讐心を抱く女だ。

「いやぁ、別に」

「この状況、わかってる?」

 調子外れな万屋の反応を訝しむ女は、首根っこを掴んで威嚇する。

「あんたがやっていることは、殺人だ。わかってる?」

「吸血鬼に殺人がどうたこうだ言われたくないね」

「差別的だなぁ」

 首の圧迫感をものともせずに万屋は女への軽口を止めない。

「お前らが始めたことだろうが」

 だが、怨恨を乗せた握力によって、万屋の顔が歪んだ。目を開けることもままならない、不自由さにまみれながらも、万屋は口を動かす。

「だ、から。ぼくはっ、変えたいんだ。き、君のような……偏見を持つひとを。ぼくを見てくれ」

 万屋の必死の訴えに、舌先三寸で誑かすなどといった、邪な気持ちが介在する隙は一寸もなかった。つまり、自分の持つ主義主張を叩き台に上げ、生かすのに相応しい人物であるかどうかを値踏みさせるための嘆願であった。

「……」

 無言を貫きながらも、女は徐々に首へ加える力を緩めていく。そして最後には、手を離した。

「ありがとう」

 馬乗りになって万屋の命を奪おうとしていた女が、今度は手を引いて起き上がらせる。その態度を翻す軽さに青筋を立てても不思議ではない。だが万屋は、まるでシャワーを浴びて帰ってきたかのような、こざっぱりとした気風を、汚れた尻をはたく所作から感じた。

「ごめんなさい」

「謝ることじゃない。あなたのその強い吸血鬼への恨みは、身勝手に血を吸われたからですか?」

「或る晩に仕事が終わって、帰宅していたところを吸血鬼に襲われました」

 女はそう言って、首筋を見せる。そこには状況証拠となる二つの傷痕が残っており、万屋は女の身体能力と合わせて納得する。

「協力しますよ。あなたを襲った吸血鬼を見つけるの」

「でもさっき、私に殺人だって」

「嗚呼、さっき大言壮語なことを言いましたが、ぼくは別に善人ではない」

 万屋は満面に笑い、女の困惑を招く。

「分別はあるけどね」

 しっかりと釘を刺し、万屋が女へ協力の握手を求める。

「先ずはここから始めましょう」

 藍原一派、アルファ隊、万屋と女、そして美食倶楽部「あめりあ」。双方向に絡み合う三者三様の関係がここに形成された。
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