吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

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死なば諸共

機は熟する

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「動き出したな」

 藍原はアルファ隊が雑居ビルに突っ込んでいく様子を見届けると、夕方から温め続けていた重い腰を上げた。

「おい、今行くの……か?」

 火中の栗を拾うものだと亀井が戸惑いの表情をした。

「今だからこそ、行くんですよ」

 藍原は武者振るいする身体をどうにかあやなそうと、拳を硬めて奥歯を噛み締める。前方にしか気を向けていない藍原の背中は無防備そのものだ。だからこそ、バーテンダーが藍原の首に腕を絡めて、締め落とそうとする行動に全くと言っていいほど抵抗できず、そのまま気を失うまで至ってしまう。

 亀井は驚きつつも、バーテンダーを窘めることはせず、一部始終を眺めていた。雑居ビルへ乗り込む気概がなかった亀井にとって、これは喜ばしくも、疑問を呈さずにはいられない奇妙な光景である。

「何やってんだ」

「華澄さんの要望でね」

 吸血鬼を相手に酒を提供する憩いの場を一人で切り盛りしているバーテンダーは、華澄由子とも接点があった。とある晩のことである。華澄由子が学生服姿の藍原を背負って入店し、驚天動地に近い驚きを湛えたのたは。

「どうしたんですか?! それ」

「そのうち、目を覚ますと思うから、預かってくれないかな」

 華澄由子がソファーに藍原を横たわせる。

「……」

 事情の一切を説明しない華澄由子は、バーテンダーが持つ生来の老婆心に頼りきりである。その上、華澄由子は更なる要求に出た。

「きっと、貴方に頼ると思うから、協力してあげて。そして逐一、私に報告して下さい。藍原くんの動向を」

 にべもなく命令を言い渡す華澄由子の厚顔無恥な振る舞いにバーテンダーは素朴に疑問をぶつける。

「何のためにそんなことをするんですか?」

 僅かに上下する胸の線に目を落とす華澄由子は、歓喜とも悲哀ともつかない複雑怪奇な眼差しをした。

「好きだから、じゃないかな」

 現在、午前零時過ぎ。日付は七月二十三日。藍原を締め落としたバーテンダーは、華澄由子の命令に愚直な忠誠を見せる。

「華澄さん、今から行くよ」

 華澄由子が藍原を背負って目の前に現れたように、今度はバーテンダーが藍原を背負う。

「どこ行く気だよ」

「そこに決まってるだろう?」

 愚問だと言いたげにバーテンダーが亀井の言葉を切り捨てる。

「俺は、行かないぞ! 行ってどうすんだ」

 喚き散らす亀井を置いて、バーテンダーはマンションの屋上から飛び降りた。駐車場に着地し、雑居ビルに向かって走り出そうとした瞬間、異様な凹凸に歪んだ顔をする男が立ち塞がった。

「そ、そいつを。置いてけ」

 呂律の回らないその男、藍原にこっぴどく殴り倒されて、見事な返り討ちにあったにも関わらず、忌避に値する怨念を身体に纏い、再び姿を現した。

「これは聞いてないぞ、華澄さん」
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