吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

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死なば諸共

死なば諸共

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 その伏兵を相手に、後手へ回った瀬戸海斗と思しき生物は、無数に伸ばした腕をばらばらと泳がせ、迫り来る危険に反応してみせた。ただ、女を撥ね付けるほどの精緻な動きを見せることはなく、易々と頭部に張り付かせてしまう。かろうじて、原型を留めている顔を見下ろし、女は哀れみとも思える冷眼を浴びせた。

 本来なら、たっぷりとこき下ろすなどして、瀬戸海斗との因縁を晴らすつもりでいた女は、仇相手が意思の疎通も図れない化け物と化した現実に、腹を据えかねた怒りをぶつける機会を逸した。

「……」

 そこに感慨深いものはなく、女は瀬戸海斗のこめかみにナイフを突き立てて、奥に潜む生死の糸を絶つために刺し込んだ。目玉が裏返り、顔の痙攣は全身へ波打って、やがて枝分かれした腕の正気が失い朽ちた。藍原の身体に絡み付いた手も力を剥落し、解放される。

「これ、返すよ」

 鮮血の残ったナイフを女から受け取った。事切れたはずの瀬戸海斗は筋肉の収縮によって、うねうねと茹で蛸のようにうねる。息の有無を確認するまでもない、生物が死後に見せる気まぐれな身じろぎを、藍原はひとしおに凝視した。

「そうか、そうだよな。こんなもんだよな」

 多数の死者を出した雑居ビルは、廃墟同然であったことを託けて、現場の解体が迅速に行われた。瀬戸海斗を含む美食倶楽部「あめりあ」の会員は行方不明者として扱われ、文武両道を絵に描いた瀬戸海斗の喪失は教室で語り草となる。だがその一方で、同時期に二人のクラスメイトが忽然と姿を消す奇妙な出来事は関連付けられることはなく、独立した行方不明者の一人として藍原は記憶の彼方へ消え去った。

「いらっしゃいませ」

 藍原に首を締められて気を失ったバーテンダーは、階段にて難を逃れた。結果的に、藍原は「守る」ことを有言実行してみせたのだ。いつものようにバーで客を迎え入れ、接客の手前、杓子定規な笑顔を拵える。

「おっ、万屋さん。お友達連れですか?」

 山岸の奇襲をまともに受けて突っ伏した万屋はバーテンダーと同様に、瀬戸海斗の大暴れの対象を外れて、かながら命を繋ぎ止めた。そして、自ら吸血鬼への印象を覆すと宣言した以上、女を傍らに連れて交流を図るのは当然のことであった。

「そうなるね」

 万屋は女をカウンター席に誘導し、バーテンダーの接客を目の前で受ける。

「ジンバックを、二つ」

「かしこまりました」

 どさくさに紛れて雑居ビルへの突入を免れた亀井は、「あめりあ」の会員となって受けた一連の事態を見つめ直し、普段からどのように振る舞い、謙虚でいるかの指針に役立てる。例えばそれは、喫茶店で手を挙げた相手へ謝罪するための約束を取り付けたりなどの、対人関係に於ける誠実さであった。

 アルファ隊は三人ともども、病院での治療を余儀なくされ、中でもイロウは人体の欠損が多く見られた。吸血鬼の治癒能力は人間と遜色はない。医者にかかる以外に治す方法はなかった。

「よォ、イロウ君。元気かい?」

 過度に日焼けした肌と丸刈りの頭は、年齢を度外視したヤンチャさを感じ取れる。

「こんな有様だよ」

 病院生活を送るための着替えやその為諸々の日用品が確認できない病院の個室は、入院する前とほとんど変わりない。

「金井が決めたんだってナ。アイツも大概、好戦的よナ」

「まぁ、間違ってないよ。見ての通り、三人とも死んでないしな」

 イロウは苦笑ぎみに広角を上げた。

「そういえバ、新しい奴が見つかったとか、言ってたナ」

「……あくまでも、保護観察として迎えるらしいけど。ただ実際、今回の功労者であることに変わりはない」

「名前ハ?」

「直接、訊きな」

 外界のカンカン照りとは縁遠いクーラーが良く効いた部屋は、整然と掃除が行届き、凡そ恥ずべきところがない。そして、装飾を排した赤い絨毯に、一目で自分の性質を理解して貰うための四文字熟語を背後の壁に掲げる部屋は政治家のそれであり、「一日一生」と連ねた文字を再現するかのように、恰幅の良い白髪混じりの男が問うた。

「本当に良いんだね?」

 その念押しは、藍原が社会的な立場を失うことを意味し、保護観察という名目でアルファ隊の一人として数えるのには、都合が良い行方不明者であった。これを理解した上で、藍原は答える。

「その額縁に入った言葉、変えませんか? 死なば諸々と」

 そう皮肉混じりに。
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