吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

文字の大きさ
47 / 48
死なば諸共

幾重の悲願

しおりを挟む
「待ってたよ、藍原くん」

 振り返った華澄由子は酷く柔和な表情で血相を変えた藍原を迎える。藍原は思ってもみなかった態度に狼狽すると、腹に溜まった溜飲が行き場をなくして尻から垂れた。

「皆んな揃ったから。やっと終われる」

 意味深長な言葉が華澄由子の口から溢れ、藍原はそれを掬うのに身を屈める。耳をそばだてて、真意を捉えようとする恭順な姿勢であった。

「わかるよね。私と同じだもの」

  華澄由子は超然とした眼差しを詳らかにせず、理解を求めてやまない。だが、藍原は咀嚼して相槌を打つより心に迫るものがあった。それは、華澄由子の間近まで接近した、無数に伸びる腕の一つだ。華澄由子が自分にしてくれたように、藍原が間に割って入ろうとするが生憎、等身大の手は幾分早かった。人形のように掴まれた華澄由子が、一切表情を崩さないまま、藍原を見つめ続ける。

「瀬戸!」

 懇願に近い叫びは、引き締まる指の間から漏れ垂れる血を前に、徒労に終わった。それでも藍原は、瀬戸海斗の魔の手から華澄由子の身体を取り戻す。

「……」

 潰れた身体に乗っかった美しく保たれた死に顔との明暗に、目眩を催す。

「華澄さん、貴方の自殺願望のために色んな人を巻き込みましたね。幕引きはどうか劇的であってほしい。僕も同じようなことを思ってました。でも、それは、やっぱり、自己満足に過ぎないみたいです」

 藍原は顔を上げ、暴走状態にある瀬戸海斗を睨んだ。おもむろに立ち上がって、歩き出す。根を下ろすかのような一歩の重みは、全てを終わらすと決心した強い志を感じた。

 瀬戸海斗は植物のように身体中から枝の代わりに腕を生やし、駄々をこねる稚児さながらの大暴れを見せる中、近付いてくる藍原の存在に気付いたのか、三本の腕が一点に集中して伸びた。その軽重はもはや、蚊を潰すような光景に近く、ゆるりと躱すのに苦労しなかった。

「さっきの方がマシだったぞ」

 髪をかき上げるほどの風圧を伴えば、俊敏にとはいかない。嵐のように振り回す腕を軽々と避けていき、確実に瀬戸海斗のもとへ走り寄る。見上げなければ全身を把握できない距離まで近付くと、無防備な下半身を伝って頭頂を目指す。蟻を除けるように振り払おうとする腕の邪魔立てを、藍原は見事な身のこなしでやり過ごす。そして、胸部を足掛かりに頭に飛び付こうとするが、生物としての本能だろうか。本来の大きさを取り戻した腕が無数に胸部から伸びてきて、蜘蛛の巣に引っかかった虫さながらに藍原が捕まった。

「こんなことも出来るのか?!」

 神田の命を奪ったナイフでは決して届かぬ距離に瀬戸海斗は居て、口惜しさから虚空を何度も切った。そのときである。ピエロのマスクを着けた女が目の前に現れたのは。

「コイツが瀬戸、海斗でいいんだね?」

 藍原が無言で頷くと、女はマスクを外して睨めあげる。瀬戸海斗という名前を藍原の口から聞いたのは、これで二度目であった。自分を襲った仇相手が目の前にいる。女は藍原からナイフを受け取り、頭部へ飛び付く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...