探偵小説の正体とその内訳

駄犬

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第一部

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「よし、よし」

 ペンが自分の思い描いた通りに走ったことへの納得を何度も頷く首の軽さから察した。男は私に紙を差し出すと、不備や抜け落ちがないことに過信して、ソファーの背もたれに深く座り直した。何度も書き直された、「如月ツカサ」が男の名前であり、角ばった筆跡と筆圧の強さは生真面目さを映す鏡のようだ。

「如月さん、立て続けにはなりますが、場所を教えてもらっても良いですか?」

「場所は〇〇県〇〇市にある、山荘です」

 不特定多数の人間の目に止まるかもしれない殺人を企てる如月の了見に今一度、肩が落ちた。記憶の改竄からくるアリバイの偽証は、指定された日にちまでに全員と接触を図り、幾つかのやり取りをこなして漸く、準備が整う。これはあくまでも、私の都合だが、依頼者の尽くは事故を装い、徹底して赤の他人の証言を避けようとすることから、名言せずとも通底する暗黙の了解めいた体のいい準備の機会を生んだ。しかし、今回の依頼者は、公衆の面前を想定した殺人の舞台を自ら用意し、それを楽しむかのような気分でいる。

 私を頼ってきた以上、特定の人間に虚偽の記憶を植え付けることは百も承知しているだろう。そして、限られた状況でその真価は発揮し、不特定多数の人間の目に晒されれば、簡単に瓦解する。今回の一件、破綻するのが想像に難くなく、如月の出現はまさに暗雲そのものであった。しかし、記憶の改竄に手引きされる嘘のアリバイは、カメラなどの即物的な記録に弱く、場所の指定に山荘を選んだことは過不足ない。ただ上記の通り、如月の思想は極めて過激で爆竹を道路に投げるような耳目の集め方を所望しているようだ。

「内容はですね……」

 如月はポケットに手を突っ込み、四角く畳んだ紙切れを取り出す。自分が思い描く込み入ったアリバイの設定がそこに書き込まれていることは、目の動きから察せられた。火急の用として駆け込んでくる青白い顔をした依頼者がほとんどだが、ここまでの拘りは物珍しく、万雷の拍手が送られる晴れ舞台へ着々と物事を推し進めていく喜ばしさを紅潮した顔から窺える。

 私はノートパソコンを鞄から取り出して、膝の上に置く。好奇心の塊のような如月が、拙速に口を動かす恐れから、一語一句を逃すまいと、耳をそばだててノートパソコンの画面と睨み合う。正味十秒もなかった。それでも、言葉を窮したように口を閉じたままでいる如月の様子が気になり、やおら一瞥する。すると、紙きれを持った如月の手に震えが見て取れ、泡を吹く前の発作的な性急さを催しているようだった。私は語気に慎重を孕んでもらい、精神患者から癇癪を遠ざけるように柔和さを拵える。

「打ち込ませてもらいますから、ゆっくりとお願いします」

「は、はい」

 その心理状態は筆舌に尽くし難い。露悪的と言わざるを得ない如月の口角の上がり方から、直裁に幸福と例えるべきなのか。姿形に左右されず、脈拍や汗の量、受け答えに際する変化をつぶさに捉える機械の客観性によって、真実は浮上する。死角が存在する二つの目を慧眼とし、人の本懐を穿つなどあまりに尊大で過信が過ぎる。私はあくまでも仕事を請け負う事業者として、顧客の要望に応えるだけだ。
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