探偵小説の正体とその内訳

駄犬

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第一部

「柏木真」について

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 “柏木真”麻生忍とは同級生であり、その繋がりは年齢だけに留まらず、同じ中学・高校と六年間を同じ学び舎にて過ごした仲にある。上記の六年間は野球部に属していたようだが、今は見る影もない。頭髪を金色に染め上げ、日夜歓楽街で客引きに気炎を吐き、宵越しの銭は持たぬと稼いだ金を飲み屋に落とす柏木は、その日暮らしを齟齬なく体現する。十年先を想像しろと指図しても、恐らく砂を掛けられて煙に巻かれるのがオチだろう。

 如月ツカサから言わせると、柏木との関係は「親友」と呼んで差し支えない親密さを覚えているらしい。しかし、仔細な感情の揺らぎを煩わしいと一蹴しそうな風貌を鑑みると、視点の相違からくる誤った認識だと言えなくもない。直接問い正すなどして、柏木の口から「親友」の二文字が聞き出せたなら、漸く首を縦に振って納得できる具合だ。

 あと一押ししてやれば千鳥足を披露し出すであろう、全身から酒気を匂わす中年男は、猥雑に点灯するネオンの灯りを名残惜しそうに見送りつつ、歓楽街を闊歩する。脇差しまがいに長財布を尻のポケットに差す無用心な中年男は、恐らく自宅で酔いが覚めた頃に小物から貴重品まで、紛失した物に対する執着を見せるのだろう。そして今、長財布はポロリと枝から実が落ちるように地面へ落ちた。治安がいいとはお世辞にも言えない夜の歓楽街に於いて、地面に金銭に類する物を落とせば、所有権を求めて数多の手が伸びる。

「落としましたよ」

 だからこそ、中年男に声を掛けて長財布を手渡す柏木真の殊勝なる心掛けに感心した。

「あぁ?!」

 貴重品を拾われ、届けられた者の反応として些か似つかわしくない、極めて無愛想な振る舞いをする中年男は、受け取った長財布の中身を注意深く確認し出す。その良心を悪意と捉え、目くじらを立てる中年男は道徳に欠け、ひたすら見るに耐えかねた。傲慢さを写しとった中年男に、柏木は不平不満を訴える素振りを見せず、眼前の金勘定を静観していた。私ならば、一言の嫌味を挟んで中年男との鍔迫り合いに励み、最後は唾棄し合う仲に落ち着くだろう。だが、柏木は全くもってそのような兆しをにべも出さない。程なくして、中年男は長財布の中身に不備がない事を確認し終える。柏木を目の敵にするような目付きで睥睨した上、去り際に盛大な悪態をつく。

「チッ」

 もはやそれは侮辱罪にあたり、口論のきっけになったとして裁判での貴重な証言になるだろう。だが、柏木は意にも介さず、夜空の星に願いを送るかのように座視した。シンシンと仁王立つその姿は、ともすれば鬱憤を人知れず飲み込む所作のようにも窺え、如月ツカサが親密な仲にあると自称するだけの繊細さを見た気がした。

「あのー、すみません」

 私が不意に声を掛ければ、飛び跳ねるように身体を上下させ、つま先を立てる。野生に生息する動物が天敵と鉢合わせたかのような、混じり気のない驚きが目の前で披露され、私は思わず頭を下げた。

「落としましたよ」

 私はそう言って、柏木の胸にハンカチを押し付ける。

「いや……」

 懐疑的な眼差しは私の誤った所見を直裁に伝えてきたが、この主張を翻すつもりはなく、ハンカチから手を離す。宙をひいる蝶を捕まえるように私の代わりに柏木はハンカチを掴み、身に覚えがない所持品と私を交互に視線を行き来させる。

「それでは」

 赤の他人から突然に物を渡された人間の呆気に取られた表情は、不審者の癇癪を恐れた諦観を文字通り体現し、有無を言わせず立ち去る私の背中には、絵に描いたような困惑を含んだ眼差しが向けられた。
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