探偵小説の正体とその内訳

駄犬

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第一部

以後、お見知り置きを

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 探偵と呼称される登場人物は一癖も二癖もある。人格破綻とはいかないまでも、現実にいれば煙たがられて当然の性格の持ち主であり、緩衝材となる相棒役が欠かせない。ワトソン君はその代表例であり、食事で言うなれば薬味のような箸休めとして機能し、目が滑りかける読者との関係を辛うじて維持する役目があった。ワタシはその点で言うと、気の置けない相棒に恵まれず、常日頃から独り言に邁進する酔狂な狂言回しに気炎を吐くしかない。これは読者諸君を相棒と見立てたワタシなりの振る舞いに違いなく、極めて一方通行な語りかけになることだろう。とはいえ、冴えた頭の回転で慧眼を働かせるような所謂、探偵らしい身の振り方は期待しないでもらいたい。ワタシはあくまでも、事の成り行きをつぶさに観察し、解決に至るまでの過程を見届ける立場にある。ワタシのことは、個人的な主観に基づく事件の概要を伝える拡声器のように思ってもらえると嬉しい。

「またこれは……」

 人間が臍の緒を持って生まれるように、生産時に備えられたメール機能は昨今、連絡ツールアプリの発達によって著しく陳腐化してきている。簡単な操作と射幸心を満たすモバイルゲームの台頭に合わせて、メールアドレスはデータと紐付けさせる為のものでしかなく、企業が「お知らせ」と称して顧客の消費を喚起させるだけの無味乾燥なる未読の数字が、メールのアイコンに残るだけだ。ただし、ワタシにとって時折、重要な要件が飛び込む機会となっていることは、上記の台詞からお察し頂けただろう。

「十一月十五日。〇〇県〇〇市の山荘で一日を過ごします。予めご準備の程お願いします」

 ワタシは彼のことを“支配人”と名付け、超常的な人物として評価してきた。これから先に起きる事件事故を事前に嗅ぎつけ、ワタシをその場に立ち合わせる。前回は、マンションの屋上に呼び出されると、眼下にある工場の注視を指示した。ワタシは悪い予感がし、とっさに身構えた。正味五分程度の短い時間だったと思うが、少なくなる瞬きの数に応じて一秒は長く引き絞られ、とりわけ肥大した時間の中を過ごしていた。それは、危機感からくる防御姿勢であり、来し方に味わってきた“支配人”の趣向を汲み取った証だ。決して、精神過敏な小心者が見せる警戒心ではない。偶さか下ろした目蓋の裏側で、耳をつんざくような衝撃音に襲われたことからも、はっきりとしている。ワタシはモノの見事に肝心な「爆発」の瞬間を見逃した訳だが、後に報じられるニュース番組にて、監視カメラの映像を通して目の当たりにした。

 どうして“支配人”の言いつけを頑なに守り、憂き目に遭おうするのか。読者諸君は疑問にお思いだろう。人間が起こすあらゆる事象を天使などの超常的な存在を介さずに、この世に生まれた人間という種族を利用して、地球の動静を目敏く公平な方法で観測しているのだ。勿論これは、“支配人”の言うことに付き合う上での方便である。荒唐無稽な信心深さがなければ、素直に従う道理がない。
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